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味わう準備

2018年12月15日「さよなら自己責任~生きづらさの処方箋」(新潮新書)が発売されます。
これは小説新潮に連載していたコラム「そもそも」を大幅にリライトしたものですが、テーマ的に本書の
趣旨の流れに合わないコラムをブレイクタイムとして中に入れる予定でしたが、本書をよりストレートで
すっきりしたものにしようということで、コラムを二つ割愛しました。以下はそのうちの一つです。


ブレイクタイム① 


味わう準備はできているのか?


フグを美味しく食べるには
 

ぼくにとっては天然のトラフグは最高にうまいものなのだが、よりによってフグの季節に友人に言われた。「値段が高いわりにうまいとは思えない」その時は、「好みは様々だよね」と返したが、そのあとで色々考えてみた。
 There is no accounting for tastes「人の好みは説明できない」(蓼食う虫も好き好き)ということわざがある。確かに、個人、あるいは文化や環境によって好みは大きく変わってくるのだろう。しかし、そこで思考を停止しないで、順に考えてみようと思う。

 フグのうまさはどこから来るのか。舌に長く残る強力なうまみと噛んだときの弾力のバランス、これがフグのうまさの基本だ。うまみはアミノ酸系の成分(グリシン、リジンなど)、なかなかかみきれないほどの弾力はゼラチン質の多さによる(フグは魚類の中でもゼラチン質が非常に多く、しかも細かいコラーゲンが密度高く詰まっている)。前者はさばいたあと、時間の経過とともに増えるが、後者は締めた直後から減っていく。新鮮なフグにはうまみが足りないが、寝かしすぎると弾力を失ってしまうのだ。両者のバランスが大切なわけだが、ぼくは、さばき終わってから二四時間から三〇時間くらいがベストだと思っていて、よく行く店ではいつもそうしてもらっている。

 刺身でフグのうまみを感じ取るには、よくかむことが重要だ。かんでいるうちに、うまみ成分がしみだしてくるからだ。かむときも、できるだけ奥歯を使い、できれば口の中で右から左へと動かしながら両方の奥歯を使ってかむようにすると、うまみが口いっぱいに広がり、舌に長い余韻を残すことになる。こう書いているだけで、唾液が出てきた。あまりかまないで飲み込んでしまう、すぐにお茶や酒など味の強いものを飲む、というような食べ方ではフグを味わうことはできない。食べ方を知って初めて味わうことができるものなのだ。

 しかし、食べ方以前に課題がある。それは味覚、特に舌がどのような状態であるか、ということだ。ヒトは、舌にある味蕾という器官(一〇日間隔くらいで生まれ変わっていく)で味を感じ取り、ニューロン(神経細胞)を通して脳で味を知覚している。味蕾が強い刺激を受け続けると弱い刺激に脳が反応しにくくなる。日本人の味覚はとても繊細だと言われているが、日常的に、いわゆるジャンクフードを食べている人の味覚では繊細な味を楽しむことは難しいだろう。もちろん、なにをおいしく感じるかは個人差、文化間の差があるだろうし、その時の体調にもよる。疲れているときは甘いものを欲するだろうし、汗をたくさんかいたあとは塩分を欲するだろう。また、ジャンクフードを美味しいと感じる味覚を否定しきるつもりはない。しかし、それは人が本来持っている味覚ではなく、人工的な強い味を習慣的に受け取ることによって麻痺させられた味覚なのだとは思う。本来のその人なりの味覚を取り戻すにはファスティングをしてみるといい。一週間ほど水と添加物を使っていない酵素ジュースだけで過ごすと味蕾は敏感になる。様々なミネラルウオーターの味の違いくらいは、すぐに感じ取れるようになる。つまり、一度リセットすることで、自分の本来の感覚を取り戻すのだ。この感覚をもてば、ファストフードは刺激的ではあるが、味わう対象ではないと実感するようになるだろう。こうしてようやく食べ物をより深く味わう身体的な準備ができるわけだ。もちろん、準備ができてから食べるべきだ、と言っているのではない。食べてみて、興味を感じたら、もっとおいしく食べる方法を考え始める。そこで、よりよく味わうための準備を始めればよい。

五感で味わう
 
これまで、五感のクロスオーバーについて何度か取り上げてきたが、味覚も五感すべてで受け取るものである。ウインナーソーセージのバリっという音が味覚に影響を与えている、といえばすぐに納得できるだろう。視覚や嗅覚の影響は特に大きい。記憶や事前知識、環境によっても影響を受ける。例えば、赤ワインを飲むときには、どのような色であるか、香りはどうかが飲む前に情報として脳に伝えられる。さらに、どのレベルのワインなのかということや、どういう空間でどのようなグラスで提供されているのか、という要素も大きく影響する。テイスティングの訓練を受けたソムリエでもこれらの要素によって判断を間違える、という実験結果は多数報告されている。

ちなみに、苦味や酸味は大人になるにしたがって、経験を積み重ねることによっておいしいと感じ取るようになる味である。苦味は毒物、酸味は腐敗のシグナルであり、人間の体にとって警戒しなければならないものだ。これらは、そもそも、有害な物を判断し、避けるようにするために必要なのだ。子どものころに、酸味の強い酢のものや、苦みの強い野菜などが嫌いだったのは本能だったわけだ。苦みや酸味は経験によって味わえるようになる味覚なので、コーヒーやワインを味わうには、必然的に訓練が必要だということになる。もちろん、味わいたいという衝動を感じる体験がきっかけとなるのだろう。

このように考えてみると、フグを本当に味わうには、まずはフグを味わいたいと思える出会い方をすることが出発点であり、その上で、人工調味料などによって麻痺した味覚を本来のものにもどし、心身が健全な状態で食に臨み、美味しく感じられる環境を選び、フグを美味しく食べる方法を知っていることが必要だ。もちろん経験を重ねることも大切だ。食べる回数が増えるにしたがって、味わい方も熟練していくのだ。北大路魯山人はフグについて次のように語っている。

 ふぐの美味さというものは実に断然たるものだ――と、私はいい切る。これを他に比せんとしても、これに優る何物をも発見し得ないからだ。
 ふぐの美味さというものは、明石だいが美味いの、ビフテキが美味いのという問題とは、てんで問題がちがう。調子の高いなまこやこのわたをもってきても駄目だ。すっぽんはどうだといってみても問題がちがう。フランスの鵞鳥の肝だろうが、蝸牛だろうが、比較にならない。もとよりてんぷら、うなぎ、すしなど問題ではない。
(『魯山人の食卓』グルメ文庫、角川春樹事務所)

あらゆるものは味わえる
 
ここまで、飲食の話をしてきたが、これは飲食に限った話ではない。たとえば、音楽に反応する能力は人間に先天的に備わったものだ。言語獲得のためにはメロディーに対する感受性、リズムに反応する身体性が必要だからだ。しかし、訓練することによって、より深く味わうことができるようになる。バンドをやっている人たちだと、自分の楽器パートだけを聴く、ということをやるだろうが、これをオーケストラでやるととても面白い。すべての楽器パートを別々に聴いたあとで、全体を聴くとその重層性に感動する。全体の構成を意識して楽章ごとに位相を考えて聴く訓練をすると、モーツアルトの交響曲のすごさを思い知ることになる(交響曲じゃなくても、K.516〈弦楽五重奏曲第4番ト短調〉など、初めの旋律だけでも感動するけど……)。
 
絵画でも直感で感じ取ることは大切だが、歴史を知り、鑑賞訓練を積むことでより深く味わえるようになる。能・狂言、文楽といった伝統芸能になると、味わうための訓練は不可欠だといえるだろう。訓練をしていない人が、能は退屈だ、というのは率直な感想であるが、それはその人が能を味わう準備ができていないからだ、とも言える。
 
これは、ぜいたく品、嗜好品やハイカルチャーに限った話でもない。日常的に接するもの、家具や生活雑貨、衣服などに関しても、興味を持って知識を増やせば、その奥行きの深さを感じることになるだろう。自然環境の中にある草や木や川や山も同様だ。どのようなものや、どのようなことでも、興味をもったことについて思考を深めれば、味わい深さを見出すことになるのだと思う。普通の人が見たらつまらないと思われる石ころでも、鉱山学者がみるとそこにいろいろな情報が詰まっていて、興味の対象となるかもしれない。話がそれるが、石ころといえば、竹中直人の映画初監督作品「無能の人」(つげ義春原作)を思い出す。主人公は川原の石を集めて売ろうとするのだが、もちろん売れない。主演でもある竹中は「僕、無能ー!」と最後に叫んでいたが、それぞれの石ころに個性を見出すのは「無能」とは言い切れないのかもしれない。

 ここまでをまとめると、味わいたいものに出会い、好奇心を持ってその対象に関する知識を獲得し、その知識を対象と照らしあわせる訓練をすればするほどに、深く味わえるようになり、楽しみがましていくということだ。訓練といっても、好きになったものをより深く味わうための訓練なので、その訓練自体も楽しみになる。もちろん、社会的には、自分がおかれた社会・経済的環境(貧困・災害・飢饉・戦闘などなど)のために、味わうための訓練どころではない人たちが多くいる、ということこそ重大な問題ではあるのだが……。

本と会う、人と会う準備
 

人の言葉の受け取り方、読書についても同様だ。一般に人は、誰かの言葉が分かりにくい場合、あるいは本の内容がわかりにくい場合は、話し手、書き手のせいにしがちである。もちろん、話す側、書く側が相手にとってわかりやすく表現しようとすることは必要なことだ。しかし、表現の仕方の問題ではなく、そもそもある段階に達していないと理解できないということは多くある。たとえば、どれほどわかりやすい数式であっても、日常的に数式に慣れていない人には理解できない。しかし、数式の場合は、理解できない人は素直に自分のせいだと認めるだろう。これが言葉になると、理解できないのは自分のせいだ、とはなかなか思えなくなる。言葉は日常的に自分が使っているものだから、自分にはどんな言葉でも理解できるはずだと盲信してしまうのだ。しかし、たとえば、大人にならないとわからないことは、どれほど子どもにもわかる言葉を使って説明しようが、子どもには理解できない。歳をとって経験を重ねて初めてわかることもあるからだ。自分の知力のフレーム内にない対象は理解できない。理解するには、フレームを広げるしかない。予備校講師をしていて「もっとわかりやすく説明してください」と言われ、「いや、どう説明しても、君にはわからない。その話題を出したぼくが間違っていた」と答えて、生徒にキレられたことがある。ぼくも、フェルマーの最終定理やポアンカレ予想をどれほど丁寧に説明してもらっても理解できないだろうし、それと同様のことだと思ったが、「すまないが、ぼくには君にわかるように説明する能力はない」と謝って事なきを得た。最近も、編集者に「とにかく、わかりやすく、を第一に考えて書いてください」と言われて、「どう書いても、わからん奴にはわからんのだ」と、グレてみたこともあった。ごめんなさい。しかし、この頃「わからない」ことへの恥ずかしさや自責の念を全く感じず、自分がわからないのは伝える側が悪いのだ、という逆ギレや、「ややこしいことはわからないでいいだろう」という開き直りをよく目にして、諦めに似た感情を抱くことも多い。
 
このように考えると、古典を味わえない、という場合には、それが古臭くて時代遅れだからではなく、読む側に準備ができていないからだということになる。何も必ず古典を読むべきだと言っているわけではない(とはいえ、アメリカの大学生が、課題として与えられる本のトップは、いまだにプラトンの『国家』だという。大学生には古典を読むことが必要だと認識されているのだろう)。ただ、長い歴史を経て多くの人に読み継がれてきたものには、それだけの価値があるのだろうし、その価値を感じ取れないとすれば、自分がその段階に達していないからだ、と判断するほうが妥当だと言っているのだ。あるレベル以上の言葉を受け取り理解するには、意識的に言語力を鍛える必要がある。もちろん、訓練すればするほど楽しめる範囲も広がっていくし、深く味わえることになる。

ぼくは、『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー/新潮文庫)を、中学生の時に初めて読んだが、人間関係と物語の進行にばかり集中し、アレクセイへの共感・憧憬の念を抱き、フョードルやドミートリイには嫌悪感しかなかった。何回か読み直してようやく、社会や信仰のあり方、登場人物それぞれのあり方をゆっくり考えながら読み、作品自体を味わえるようになっていった。中学生の頃には、まだ、ドストエフスキーを読む準備ができていなかったのだろう。今では、ドミートリーにも結構共感できる。
 
実は、人と会うにも準備が必要なのだと思う。人の言葉やあり方を受け止め、人のよさがわかるには、場合によっては訓練が必要なのだ。予備校で教えることになった年に、有名な先生方の講義を見学させてもらった。その中に、かなり多くの生徒が集中していない講義があった。寝ている生徒もかなりいる。講義は、英文を解析するというスタンスではなく、うまい日本語訳を提示するというスタンスだった。これでは、英語を読む力自体はつかないだろうし、得点をあげたい生徒が退屈するのも無理はないなあ、と感じた。その後、同じテキストを使って講義するようになったが、ぼくは英文を解析して、どの英文でも同じシステムで読めるようにする、というスタンスで講義し、生徒たちの支持を受けた。しかし、ある時、ふと思った。自分のやり方で生徒の学力はつくし、生徒は満足してくれているが、後々のことを考えると、余韻と疑問を残す講義のほうがよいのかもしれない。美しい訳文を提示して、自分の訳とのギャップを感じさせる、しかし過度に説明はしないで、そのギャップは生徒自身が考えなければならない。そのスタンスを味わえる段階に達している生徒が少なかったのが残念だっただけで、当時のぼく自身もその講義スタイルを味わう準備ができていなかったのだろうと思う。味わう準備ができている生徒にとってはすばらしい講義だったのだ、と今ならばわかる。

 人に会う、というのもそういうことなのだろう。ある人の面白さ、深さを感じ取るには、その対象を味わえる準備ができていることが必要なのだろう。誰かを面白くない、と感じる時には、自分がその段階に達していない、という可能性もあるのだ。「私の言葉が理解できないのは、きみの準備不足なのだ」とか、「私を認められないのは、君のレベルがまだ低いからだ」とか、言ってみたい誘惑にかられるが、そうではないかもしれないし、そもそも相手がその言葉の真意を理解できない可能性も高いので、無用に人の神経を逆なでしないようにしよう、と自重している。何はともあれ、会うべき時に会うべき本や人に会えることはとても幸せなことだ。そして、出会った本や人を、しっかりと味わえるための準備をしておくほうが、偶然の出会いによって人生の奥行きが広がることになるだろう。準備をしていないと、せっかく宝物が目の前に現れても気づかないだろう。実は日常生活は宝物にあふれているのかもしれないのに。

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LITALICOフォーラムの感想 part1

LITALICO フォーラム「青年期から成人期の発達障害支援の現状と課題」に参加して
(2018年11月4日東京大学本郷キャンパス)
part1

午前中の熊谷晋一朗さん(東京大学先端科学研究センター准教授)による基調講演
「当事者視点から見る青年期以降の発達障害支援~そのケモノ道から学ぶもの」をベースに当日の感想などを書いてみます。

 なお、熊谷先生の話に私の社会認識、感想を加えながら書いているので、これは講演の要約ではなく、文責は私にあります。

まずは医学モデルと社会モデルのちがいについての説明がありました。
 医学モデルというのは、障害は当事者の内部の問題だとして、治療、リハビリを通じて、障碍者を健常者に近づけようというアプローチです。1970年代はこのアプローチしかなく、障害者は健常者に近づかなければ社会で生きていけないと考えられていました。脳性麻痺である熊谷先生自身も子供の時期に回復の見込みもないのに厳しいリハビリ訓練を続けさせられたと語っています。しかし、1980年代以降、社会モデル、つまり障害は障害者と社会の接合がうまくいかないことから生じるのだから、社会の側が変化することによって障害者が等身大のまま生きていけるようにできるはずだという考え方がでてきます。

 たとえば、科学技術の進歩によって障害者と社会との接合面をなめらかなものにすることは可能です。眼鏡やコンタクトレンズが簡単に手に入る現在では、近視を障害だと考えている人はいないでしょう。障害をテクノロジーの力によって障害でなくする、ということはある程度まで可能でしょう。

現代では医学自体も医学モデルアプローチをとっておらず、個人の可変性の限界と社会の可変性の現状を考慮しつつベストミックスを探るというアプローチになっています。
つまり両者の適合性を個人の中に障害があるのだからそれを治療して健常者に近づける、ということだけが解決法だとは考えられていないわけです。

しかし、日本の社会を見渡すといまだに医学モデル的考え方に基づく差別が横行しているように思われます。健常者ができることをできないくせに、というような発言も多々みられますし、社会の側、自分の側ではなく、障害者の側にのみ問題があるという考え方も敷衍しています。できれば接触したくない、関わりたくないという排除的姿勢をパブリックスペース(電車など)で見かけることも多いです。目に見える障害に対する差別に対しては健常者のマインドセットの改善が必要でしょう。おそらくそれには啓蒙活動よりもちょっとしたナッジが有効かと私は思います。具体的に有効なナッジを今思いついているわけではありませんが。
 
ところが自閉スペクトラム症のように目に見えにくい障害に対してマインドセットを変えることはさらに困難です。そのような症状がおこってしまうのだということを理解していないと、社会的コミュニケーションのとりづらさは相手の性格の問題で簡単に治せるはずだと思ってしまいがちだからです。

社会的コミュニケーションがうまくいかないことについては、障害を持つ少数派の側だけに責任を帰すのではなく、少数者と多数者のあいだに障害が起こっているのであり、それは行動の予測誤差への感度の問題としてとらえることによって、コミュニケーション障害の解消が可能になります。ここでも科学技術的アプローチは有効です。たとえば認知ミラーリングシステムによって、自閉症の人には環境がどう見えているか、を体験することができます。当事者が感じ取っている雑踏の音、光の刺激などを、VRを通じて体験すると環境に対する反応の違いを実感でき、当事者の感じ方を共有できます。他者(この場合当事者)が抱えている問題を知ることが、社会の中の一員として、みながそれぞれに自分らしく生きることの第一歩になるのです。 part2に続く
 

スタンウエイCD75 by TAKAHIRO HOSHINO

干野宜大(ほしのたかひろ)さんのピアノを二日続けて聴いた。一日目は瑞江のフレンドホールで、二日目は石橋メモリアルホールでいくつかは同じ曲を連日で聴くという体験をした。石橋メモリアルホールでの演奏はヴィンテージニューヨークスタンウエイCD75という1,912年製のピアノ。ホロヴィッツが最も愛したピアノとされていて、今もその当時のコンディションを保っているのは世界でこの1台だけだということだ。現代のピアノとは全く異なる音色、パワーで、同じ曲を連日で聴いたおかげでピアノの違いがよくわかった。バイオリンも同様だが、これほど技術が進歩している時代において、より素晴らしいピアノが生まれてこないというのも不思議な感じがするが、素材と技術の問題なのだろう。ちなみに、皮革製品や木材も昔に比べて素材の質が極度に落ちているのは、とても残念なことだ。
 
石橋メモリアルホールでの演奏の感想を少し。前半はスカラッティから始まり、モーツアルトのピアノソナタへ。これは様々な演奏を聴いた結果、グレングールドとファジル・サイの演奏が気に入っていて、しょっちゅう聴いているのだが、干野さんのような解釈は初めてだった。念のためホロヴィッツの演奏も聴きなおしてみたがやはり干野さんのような解釈はしていなかった。この音をピアニシモにするの?ここでスピードを変えるの?これに一瞬空白、間をいれるの?など驚きがいっぱいだった。ある部分をピアニシモで弾くだけで曲全体がいたずらっこのようなかわいらしいなものになり、間をうまくとると音楽に新たな色彩が加わり映像的なものになるのだと感じた。
 
そしていよいよベートーベンピアノソナタ「アパショナータ(熱情)」これはルービンシュタインの演奏を聴きなれている。昔のピアノフォルテを使った演奏も打楽器感があって気に入っている。で、干野さんの演奏、これははじめの音から衝撃的だった。CD75とはこんなにパワフルな音が出るのか!乾いたピアノならではの深い音色。こんなスタンウエイ聴いたことがない。音の塊を脳髄にたたきつけられているよう激しい演奏に、途中から心臓がバクバクして呼吸があやしくなった。穏やかなパートに入ると心臓のバクバクはおさまったのだが、なんだか涙が流れていた。ここのパートに感動しているわけじゃないのだがなあ、と冷静に思いながらもただ涙が流れていた。そして最終パートへと向かうと再び音の嵐。最後の鍵盤をたたいた勢いで上半身がのけぞりそのまま立ち上がるエンディング。演奏が終わったとたん立ち上がって歓喜の叫びをあげそうになったが、タイミングを失って座ったまま拍手をするにとどまった。

休憩をはさんで後半。前半とうって変わってとてもリラックスできる楽しい演奏だった。最後のハンガリー狂詩曲13番は連日で聴いたが、思い切った編曲で、いろいろな楽器や町のざわめき、通りでのおしゃべりなどのイメージが次々に浮かぶとても視覚イメージを喚起する曲になっていた。聴いていてニコニコ笑顔になり、ときに声を出して笑ってしまいそうになるような演奏だった。アンコールは、事前にこっそり聞いていた通り、モーツアルトトルコ行進曲ジャズバージョン。これもグールドとファジル・サイの演奏をしょっちゅう聴いている曲だが、ジャズ編曲は新しい曲としてスイングしていた。別の曲のモチーフも加えとても気持ちが躍動する演奏、とても楽しい余韻を残して終了した。
 CDでは味わえない生演奏の良さを存分に味わった二日間だった。やはり事件は現場で起きているのだなあ。

「モヤモヤする」について考えてみた

「モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ」(宮崎智之)を著者に送っていただき、様々なエピソードを楽しく読ませていただいた。しかし、「モヤモヤする」という言葉がどうもピンとこなかったので「モヤモヤ」について少しだけ考えてみた。

まずは「モヤモヤ」とはどういう感じなのだろう。僕自身は自分の感情を「モヤモヤ」と表現したことがなかったので調べてみた。
「モヤモヤ」という言葉を使ったことがなかっただけで、「モヤモヤ」で表現される感情を頻繁に経験しているのかもしれないと思ったのだ。
 
「もやもや」とはもやがかかったような状態を指し、「もやもや病(Moyamoya disease)」は、脳底部の異常血管網がたばこの煙のようにもやもやしてみえる病気だ。「モヤモヤする」とは、対象に、もやがかかっていてはっきり見えないもどかしさを感じている、という状態のことのようだ。あるいは何らかのわだかまりがあって心がすっきりしない、という状態も表す。時に、色情がむらむらと起こるさまを表すこともあるが、おそらく「モヤモヤする人」という場合、そういうことを表しているのではないだろう。
 
調べてはみたが、どうも自分は「モヤモヤ」を感じることが少ないようだ。なぜ自分は「モヤモヤ」しないのだろう、と考えてみた。様々なことをはっきり割り切っているから、というわけではない。「賛成反対どっち?」などと言われると、どっちというわけでもない、というようなことはたくさんある。どうも納得がいかないが、周囲に合わせておく方が無難だから不本意ながらもそうしておこう、というようなケースも多々ある。では「モヤモヤ」に近い状態ではないか、と思われるだろうが、本人は「モヤモヤしている」とは感じないのだ。
 
こうして書いていると、だんだんわかってきた。なぜ「モヤモヤしている」と感じないかというと、僕の場合「モヤモヤしている」のがデフォルトだからだ。ずっと霧の中にいる人は、それが普通の状態であって、たまに霧が晴れると感動するが、それがあるべき状態だとは思っていない。また、その状態は自然に表れるものであって、自分の意志によって作る状態だとは思えない。たまに訪れるラッキーな現象であって、だからこそ「霧が晴れた」と言語化するわけで、デフォルト状態をわざわざ言語化して表現する必要はない、と感じているのだと思う。

僕にとって「生活する」「生きる」というのはモヤモヤした状態の中で、これといったはっきりした答えに行き当たらないまま手探りし続けることなのだと思う。霧がかかっているからこそ、周囲の状況に敏感になる。視覚だけに頼れないからこそ感覚全部を研ぎ澄ます必要が生じる。五感全てを使いながらゆっくりとおぼつかない足取りで進んでいく。視界が悪いからと言って進むのをやめてしまえば生きている実感を失ってしまうだろう。そんなわけで僕は「モヤモヤ」を感じないまま、「モヤモヤ」の中で生きていくのだろうなあ。はっきりとした視界を力づくで得ようとするのはどうも危うい気がするし。
 

流れていく日常の中で、立ち止まる勇気を持とう

レールの上を歩いているという幻想


日々の生活や、目の前の仕事に精一杯で、毎日気がつくと眠る時間だ。自分らしく生活しようとしていながらも慌ただしさの中で何となく流されていっている気がする。政治や経済のニュースを見て漠然とした不安は増大するが、今ひとつ身近なことには思えない。AI技術の進歩によって、時代の変化が加速していると言われても、自分がどうしたらいいのか見えてこない。今ある仕事の半分がAI技術に取って代わられるというが、周囲も自分と同じように生活しているようだから、とりあえず今は見ないことにしておいてもいいんじゃないか、と思う。AIによって新たな職も生まれるだろうし、いざとなったら考えることにしよう。自分だけが頑張っても、どうなるものでもないし。頑張ろうとすると、今まで歩いてきたレールを踏み外してしまいかねない。
 そんな感じで生活している人はけっこういるのではないか、と思う。実は、ぼくもその一人だ。しかし、既存のレールが続いていくというのは幻想だ。

 やりたいことが見えているならば今すぐ踏み出す(「準備が整ってから」では期を失う)


そうではなくて、自分にはどうしてもやりたいことが今ある、という人は、即行動することが大切だ。スキルなどは走りながら体得すればいい。準備を整えてから、とかいうのはいいわけに過ぎない。そして新しいことを始めるための準備が整ったりはしないものだ。思い切って走り出せば環境も変わるしチャンスも生まれやすくなる。だから、新たな領域に思い切って飛び込んでいこう。ネットが普及した今では、支援者を見つけるすべもたくさんある。ただ、いわゆる社会的に成功した人たちの後追いはしない方がいい。成功ストーリー的な自己啓発本など即捨ててしまうことだ。時代は急速に変化しているのだから、やり方をまねることに意味はない。新たなことのためのレールなど敷かれているはずもない。

「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」(高村光太郎「道程」))という精神で道を切り開いていってほしいと思う。ちなみに、この詩については、できれば初出の全文(「高村光太郎全集第19巻」筑摩書房)を読むことをおすすめしたい。最終的には最後の1小節だけが作品として残されたのだが、それに至る長い記述はとても感動的だ。この最後の小節の直前にはこう書かれている。

 「歩け、歩け
  どんなものが出てきても 乗り越して歩け
  この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ」
やりたいことがあるならば、行動を起こすことが大切だ。Z世代の起業についての記事などを読むと、なおさらそう思うし、それを応援するのが僕たちの世代の役割だとも思う。

やりたいことがみえないならば

しかし、今、どうしてもやりたいことがあるというわけではないが、今のままでいいと思っているわけでもない人は、一度立ち止まってみよう。実は「道程」の中にも以下のような部分がある。

「僕ははじめ一歩も歩けない事を経験した
かなり長い間
冷たい油の汗を流しながら
一つところに立ちつくして居た」

ここでは、歩こうとしても歩けなくなってしまった状態が書かれているが、何となく歩いている状態を意識的に中断して、一つところに立ち尽くしてみることにも意味がある。ペダルをこぎ続け続けていなければ倒れてしまう自転車に乗っているような生活の中で、あえて立ち止まるには勇気が必要だ。しかし、立ち止まって振り返ってみること、今の自分の立ち位置を確認してみること、そしてこれからの時代に向けて自分の姿勢を立て直すことが、必要な時期もある。オフラインの時間を作ってゆっくり考える時間をつくってみることで、日常の情報フローをデトックスするのは有益だ。日常から離れて自分の過去や自分の置かれた環境について考えてみると日常見失っていた様々なことに気づくだろう。

僕たちがいま・ここにいるのはたまたまである


「そもそも」という連載コラムで「ぼくたちがいま・ここにいるのはたまたまである」という書いたことがある。(この連載は相当加筆修正して12月に新書として出版される予定だ)。ぼくたちは、自分の意志が関与しない状況で、産み落とされ(be born「生まれる」は受動態だ)、たまたま与えられた環境の中で育てられてきた。自分の力で生まれ、自分の力で育ってきた人間などいない。考えてみると、生まれてから大人になるまでに、親を含め周囲の人や環境からとても多くの「借り」を受けてきたのだと気づく。当たり前のことだが、普段はなかなか意識しないことだ。

 特に社会的に「成功した」人は、自分の努力と才能によって成功したのだと思い込みがちだが、実は運も必ず関与しているし、インターネットや交通システムといった社会の既存のインフラの恩恵を受けているはずだ。いわゆるセルフメイドパーソンはアメリカンドリームの理想とされてきたが、「セルフメイド」など幻想に過ぎない。
しかし、だからといって「借り」を返さなければいけないという義務感に駆られてしまうと、あまりにも不自由な人生になってしまうだろう。親に借りた「借り」は違う形で次世代に返せるようにすればいいし、社会に借りた「借り」は社会に返せばいい。誰もが完全じゃないわけだし、自分のできないことは気兼ねなく人に助けを求め、人のできないことで自分のできることは手伝ってあげよう、という意識をもって行動するだけでコミュニティはより健全なものになるだろう。「もちつもたれつ」世の中は回っているものだという当たり前のことを常に念頭においておきたいものだ。

大人の学び


はじめに書いたように、今、時代は大きく変わろうしている。たとえば、AI技術がどこまで進歩するのかは今判断することはできない。しかし、シンギュラリティという言葉を乱発して無駄に不安をあおる論調から身を離しておくことは必要だろう。不安は売れる、これが出版界の常識だからだ。しかし、おそらく確かに近い将来に今ある仕事の半分くらいはAIに取って代わられるだろう。メガバンクが採用を減らし、早期退職を募っている現状を見ればすぐにわかる話だ。これについては、AIが得意とする領域でAIと勝負しても勝ち目はないのだから、AIが苦手とする領域でAIとの共存を図っていく必要があるという認識が必要だ。AIに仕事を奪われても新たな仕事ができるだろうと楽観主義者は言う。新しい仕事は確かにできるだろうが、それはAIが苦手な領域に位置づけられる仕事になるはずだ。つまり、推論力、共感力、コミュニケーション能力、創造力、想像力といった現在の学校ではまともに教えられていない分野の能力を高めることが必要になる。だからこそ、大人になってからも「学ぶ」ことが必要なのだ。もちろん、知識習得、技術習得を「学び」と言っているのではない。「学び」とは、学ぶ楽しさを再発見し、自分から一度離れ、自分を破壊し、更新することで他人との関係を見直し、変化に対応しうるしなやかさを取り戻すことだ。

犬も歩けば棒にあたる


立ち止まって「学び」を経験し、一呼吸置いたら、自分の道を模索し、思い切って歩き出してほしい。「自分の道」が見つからなくても焦らなくていい。何かを学ぶと、身の回りの人間関係を少しだけ変えてみようとか、新たなことに挑戦してみようとか思えるようになっているだろう。そうした小さなことから始めてみれば、道は見えてくるものだ。 

身の回りのこと、人への対し方を新たにするという行動を起こしつつ(この時点ですでに歩き始めていることになる)、ゆっくりと自分の道が見えてくるのを待てばいい。早く道を見つけたいとか目標を定めたいなどと思う必要はない。ともあれ、歩き始めてみることだ。目的が見えなくてもかまわない。歩いていると目的が生まれてくることもある。決まった目的に向かって歩くよりも楽しいかもしれない。人生いきあたりばったり、もいいだろう、と僕は考えている。「犬も歩けば棒に当たる」というが、棒に当たるのはラッキーかもしれないしアンラッキーかもしれない。しかし、ともあれ一歩ふみだすことでで新たな変化のきっかけに出会うことにはなるだろう。

人生いきあたりばったり、この文章もいきあたりばったり、みたいな感じだなあ。

もう一度「身体で書くクリエイティブライティングワークショップ」

この日の総括がまだ終わりません。最後に書いた小説の書き出しは1万字を超えていて、よくあんな短時間にこんなに書けたものだと思いました。今丁寧にリライト中で、最終的には100枚を超える作品になりそうです。
それとは別にミュージックからのインプロビゼーションライティングはこんな感じでおこなわれました。
音楽を聴く、聞きながら思いつくイメージを書き始める。多分3分くらいで書ききるという課題。
テーマ曲は以下の一部、入り方が大分異なっていますが(ジムノぺデイ(エリックサティ)のメロディの前までが流れされた、と思う)
https://www.youtube.com/watch?v=abM7hAZ5BTc&list=RDp7nbwWNGcXQ&index=2
インプロビゼーションライティング
  僕が誕生したのは海の底だった。僕は音もなく光もほとんど届かない深海の一部だった。ある時かすかに太陽の光が届き始める。海水に熱が生じ、静止していた水が揺れ始める。ゆるやかな鼓動の始源。光が波の中で揺らめく。そのとき、生命が胎動し始めたのだ。僕の中に僕という意識が生じる。海底という空間を共有しているものたちの存在を感じる。波の韻律は、はじめは規則的に、やがて規則を逸し、ときに不協和音を交えながら変化していく。小さな泡がかすかにきらめきながら上昇していく。波に揺られながら僕も海面へと上昇していく。水温が上がっていくのを感じる。

なんでこういうイメージが浮かんだのは今となってはわかりませんが、音楽を聴きながらそれを文章に変換していくインプロビゼーションライティングは、自分が偶有性の媒介になったような感じで面白かったです。

身体で書くライティングワークショップ

先に書いた「身体で書くライティング」のワークショップでは、次々と課題が出されそれに応じて短時間で書くというワークがあったのですが、その一つに子どもの頃書いたものを思い出して書いてみよう、という課題がありました。
45年から50年ほど前のことを一生懸命思い出そうとしましたが、昔の出来事は思い出しても自分が書いたものを思い出すのはなかなか困難でした。しかし、一つ思い出すと次々に記憶がよみがえってきました。
 そして思い出したものに一貫性があることに気づいて、思い出す回路が今につながるようになっているのか、本当に昔から今まで一貫しているのか、どうなのだろう、と思いました。
 思い出したのは、概して自然と人工、曲線と直線、無菌状態と汚れのようなことを書いた記憶でした。
 「部屋から見える景色を描こう」という学校の宿題に対して、私は自分の団地のすぐ目の前にある同じ形をした団地の絵を描きました。完全に無個性で無機質な直線だけの建物を定規でサイズを測り画用紙に余白なく正確に再現しました。ただし人が住んでいる気配などはすべて排除して。その絵は先生に怒られたのですが、なぜ怒られたのかいまだによくわかりません。色を塗らなかったからか、直線しかなかったからか、手を抜いたと思われたからか…
 同じモチーフで文章を書いたこともあります。10歳くらいの頃かな。
「人工的な直線だけの道路。直角の交差点。ぼくのからだは曲線なのに。」
「かぶと虫が40匹かえりました。虫と土のにおいがします。部屋の白い壁に土をぬりつけてみました。お母さんはそれをみて、そうなのね、とだけいいました。叱られると思っていたのに。ぞうきんで拭けともいわれなかったので、その壁には土のあとがずっと残っていました」 
「木から落ちました。血をなめたら金属の味がした。」
こんなことばかり書いていたわけではないと思いますが、こんなことを書いていたということばかり思い出しました。小学校の卒業文集でも(震災でなくなってしまいましたが)、
未来の人工的に漂白された町の姿を書いていました。白、直線、人工的な緑地、音のしない車などについて。山でウリ坊を追いかけて遭難するような子どもだったので、無菌状態の環境への嫌悪感が強かったのでしょう。
大人になってからは「直角に曲がれ、覚悟を決めて」(吉増剛造だったと思う)というような言葉に感動するようになりましたが、それは自らのぬるい現状への不満が強かったからなのだろうと思います。

身体で書くクリエイティブライティング

先日「身体で書くクリエイティブライティング」小野美由紀さん主催ワークショップに参加してきました。休憩を挟んで10時間に及ぶワークショップ。
午前は身体を使って、身体の動きによる閉塞感の解放、つまり、気を発散して巡りを良くする。次に他者の身体に触れ共調し、さらに協働する、つまり身体的コミュニケーションによる自我の解放。主観と客観の境界が溶解されるような動きによる他者との融合感覚、さらには個が集まって集合体を意識し全体に同化してみることによる個の環境への融和と環境との交通といったことを順に行いました。これによって自他の障壁への意識を減らし内外に流れを作ることによる動的平衡状態の実感が得られます。
午後は、絵、音楽から感じることを即興でストーリー化するなど脳を刺激する練習。さらにそれを互いに見せ合うことで自分の環世界への自覚と多様な環世界の存在の許容を促す。私は音を聞いた時に浮かぶ色のイメージが多様なのに驚きました。私は音と色のイメージはかなり数学的に結びついたものでありそれほど恣意的なものではないと思っていたからです。
最終的に内面を言語化し表出する実践へ。内面に様々なことを抱えている人たちがそれを身体的に言語化しようと格闘することで自らが浄化され、時に同じようなトラウマを抱え込むものをも浄化していくという現場に居合わせることができてよかった。書くという行為自体の癒し効果。実は私自身も「そもそも」で一度経験していました。自己表出による浄化、話すことでも音楽でもダンスでも可能なことなのでしょう。社会の中で生きているとそれだけで澱みのようなものがたまっていくものだから、時々浄化しておくほうがいいのだろうなあ。

オンラインサロン「ポレポレ現代社会トーク」オフ会第12回

オフ会12回「メディアをどう捉えるか」のためのメモ書き

メディア論とはマーシャル・マクルーハンによると「内容それ自体より伝えるメディアの形が重要であるとする」考え方。
そもそもメディアとは媒介なわけで、情報を媒介するもの全般と考えられる。
情報メディアはマスメディア、ミドルメディア(数千から数万までが対象 いわば閉じた系)、パーソナルメディアという3つに分類される。私たちがSNSで発信する場合、もちろん私たち自身もメディアなのだという意識は必要だろう。そして、メディア批判する場合には、批判する自分の言語がメディアによって形成されている要素があるので、批判対象から距離を置ける言語を使うようにすることが大切だ。
マスメディアには、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、SNSなどが含まれる。
新聞、雑誌がSNSに押されていることはいうまでもない、が、それは文字を読んで考えるというロジカルな思考行為が損なわれ、視覚情報、断片情報に反射的に反応するという行為が優勢になりつつある、という事態と平行している。だからといって文字、論理リテラシーの復活をうたうのは現実的に厳しいだろう、と思われる。フェイクニュースなども文字情報だけによるよりも映像を加えることでより脊髄反射的に伝達されるものとなるだろう。

 媒介は紙からPCへさらにはモバイルへと移行しており、モバイルへの加速は急激でインドでは月に700万人が新たな携帯契約をしている。そうなると情報の発信受信ともにモバイルというフォーマットに合うが優位になるというのは言うまでもない。携帯を利用するときの場所の制約性のなさはもちろんだが、身体的な要素も考えるべきだろう。携帯では新聞を一瞥するように広い視野で眺めることは難しい。ビジネスモデルとして断片化され視覚的インパクトを生む情報提示の仕方が優位になっていくわけだ。PCが果たしていた役割の多くを携帯が果たすようになるという変化はメディアの変化にとどまらず、情報発信受信のありかたに大きく影響していくだろう。ビジネスとして考えた場合、モバイルに適した情報発信をできるモデルを考えたものが先行していくだろう。私が、今ここに書いているような長い文章は情報としてはもはや化石のようなものだ。
 現在のネットニュースのありかたを見る限り、新たな方向に向かうビジネスモデルが確率しつつあるようには見えない、過渡期なのだろう。しかし、ニュースを伝えるという点におけるメディア全般にあるべき一貫性という点で見ると、ジャーナリズムの劣化は目を覆うばかりだ。ここに、マスメディアの問題点を列挙してみるので、気になる点、引っかかる点があれば、メモしてあとで話題に取り上げてください。
1 権力との癒着(特に日本では大手メディアの代表が政治家と食事するなど)
2 記者クラブというお友達組織(大本営発表にしかなりえない情報入手)
3 言語の定型化、常套句化。テレビのニュース番組など「舌鼓を打っていました」「子どもたちが躍動していました。」などなど、ニュース用の定型的言葉遣い。
言語はとても重要なのだが、その言説の仕方の定型化は情報そのものの中身のなさを露呈している、これは発信者の匿名性(つまり誰が発信しても同じこと)にも関わる。発信者の責任が回避されるからだ。
また、このような常套句ばかりが埋め込まれたニュースは見る価値がない。何も批評性もないからだ。天気予報ならばもちろんそれでいいのだが。
 4 ①,②の点で見るとテレビより、ラジオのほうが権力との距離は、権力による制約をうけにくい。ネットもそうであるはずだが、意外に権力的センサーシップが働いており、
政治的利用は容易なメディアであると言える。メディアが政治との癒着あるいは政治による圧力によって独立的ジャーナリズムの機能を果たしえないのと同様、新聞がテレビを批判できない(テレビ局と同系列であるから)という現状も共倒れになる様相を呈している理由だ。私はラジオというメディアの可能性(ミドルメディア的)に注目している。

5 情報の信頼性
速報 性、 情報 の 信頼 性、 ソース への アクセシビリティ、 などなどの要素があるが、 内田樹は情報の価値を「その 情報 に アクセス する こと によって、 世界 の 成り立ち について の 理解 が 深まる か どう か」においている。理想主義的ではあるが、ジャーナリストが考慮すべき要件だろう。第一次情報へのアクセスとそのコストを考えると二次情報的ネットメディア(パクリともいう)が増えている現状は仕方ないのかもしれないが、クラウドファンディングなどで支えていくことができればよいだろうなあ。情報は無料で提供されるものだという意識は払拭すべきだろう。

6 物語的構造
  いわゆる弱者憑依。
   マイノリティー側にたった報道をしておけば共感が得られ、批判されにくい。しかしそのときマイノリティーは個別性を越えて記号化されている。これはネットでも同様だ。
しかし、はじめはそのスタンスをとるにせよ、事後の調査およびメディアの中立性は必要だろう。

7発信者の匿名性
再び内田樹の言葉を借りると、「少し でも 価値判断 を 含む もの は、 政治 記事 に し ても、 経済 記事 に し ても、 その コンテンツ の 重み や 深み は、 固有 名 を 持っ た 個人 が 担保 する 他 ない と 僕 は 思う の です。   けれども、 僕たち が 今 読ま さ れ て いる、 聴か さ れ て いる 文章 の ほとんど は、 血 の 通っ た 個人 では なく、 定型 が 語っ て いる。 定型 が 書い て いる。」内田 樹. 街場のメディア論 (光文社新書)
もちろん、匿名性が大切な場合もある。「保育園落ちた、日本シネ」のような発言だ。
しかし、ジャーナリストの発言は今以上に署名記事に向かうべきではないか。

8メディアは社会的共通資本か 
ビジネスとして割り切ってよいものなのか?
社会共通資本として、医療・教育や電気道路などのインフラと同様に利潤追求の対象として市場的条件に左右されてはならない という原則を守るべきなのか?
ビジネスとして割り切るならば、消費税免除を訴えるのは筋違いであるし、それを訴えるならばビジネス以上に重視すべきことがあるのだという自覚を持つべきだろう。
9メディアは事件、戦争が好き 
そりゃそうだ、「今日は昨日と同じように平和な日でした」じゃニュースにならん。もしかしたら、メディアが取り上げるために事件が起きているのか?つまり何でもないことを事件化して扱っているのか?しかし、パーソナルメディアならば事件なき伝達も可能になるので、ミドルメディア、パーソナルメディアでそういう個人発、世の中の普通さ、良さを伝えることが増えていく方が社会の安定につながるだろう。ただし、でっち上げられたちょっといい話、では意味がない。

では、各人、メディアについて思うことを述べていきましょう。⇒ 各人の発表とそれに対するコメントなど、今回もかなり盛り上がる議論が展開しました。

皆の発言中、私が特に関心を持ったテーマは、「雑誌」というメディア、0年代と現代のネット空間の違い、文体論、メディアから距離をとって批判的に見る方法、インスタなど視覚的情報による文字のない文化への退行、といったあたりでした。
 次回は6月24日14時半、テーマは「自分が何にはまってきたのかの歴史を記述する⇒自分の好き嫌いの起源をたどる」
好き嫌いについては人は直感で決めてそれ以上思考しないことが多いのだけど、自分史的に掘り下げて、それを他の人と共有することで新たな発見があるのではないか、という回です。次回は参加メンバー一人につき二人まで知人を連れてきてくれてよいという形にしてみます。参加申し込みのときに同伴される方の名前、人数を伝えてください。

ゲンロンカフェ5周年イベント

ゲンロンカフェ5周年イベントに行ってきました。ゲンロンカフェというのは、哲学者東浩紀主催の主にトークイベントを行うスペースです。ゲンロンでのトークは、予定調和的に行われるものは稀で、通常はテーマについてトークしながら思わぬ方向に話が進み、観客、ネット視聴者は登壇者の思わぬ発言に刺激されそこに参加しているという臨場感、一回性を味わえます。今回は5周年と言うこともあって、これからのゲンロン背負っていく4人を四天王と名指して、東浩紀含めて5人でトークするという豪華なイベントでした。
「批評とは何か」「これからゲンロンはどう進んでいくか」というのが基本的なテーマとして掲げられ、トークは19時から休憩をはさみ、非常に盛り上がって深夜1時まで続きました。もちろん終電は終わっています。私はそのあと4時半までゲンロンカフェで観客や登壇者と話しながらワインを飲みました。
 様々な話題が飛び出し、それぞれに考えるところはあったのですが、ここでは自分にとって特に興味深かった部分、思考のきっかけになった部分にしぼって書きます。

 まず批評とは何か。東浩紀はツイッターで「カタカナを並べて、直観的には10秒でわかるようなことを小難しい文章で書き、自分の賢さをアピールするのが批評ではない。批評というのは、それを読む前と後では作品鑑賞やコミュニケーションの仕方が変わり、世界が変わるものじゃなければいけないのだ。」とつぶやいている。つまり、机上の空論におわるものであってはいけないし、仲間内で言語を共有すればよいというものでもない、あくまでも言葉が現実と接する実践でなければならない、ということだ。そのことによって現実の中に新たな価値を生み出すのだ。であれば、当然、社会的現実、社会通念、あるいは政治とぶつかりあうことになる。つまりは批評とは読者に社会に刃を突きつけ世界を切り開こうとする行為だと言っても過言では無いだろう。刃を突きつける以上、相手も命がけで攻撃してくる覚悟が必要だ。
 東浩紀は、おそらくはその覚悟ができていなかったのであろう若い登壇者(批評再生塾というゲンロン主催の評論家育成コースの第一期総代)に、覚悟のほどをせまっていた。(この登壇者は、最近のイベントで真っ向批判してきた相手に対して戦うことを放棄して逃げてしまった、ということだった。私はその場にいなかったので判断できないが…)
 トークでは東浩紀はボクシングに例えてこう言う。「批評は格闘技であり、相手に痛いと思わせることが必要だ。自分が先に痛いと言ってしまったら負けだ」さらに、実践とスパーリング(白ワインを飲みながらついついスパークリングと言ってしまっていたのは面白かった)はちがう。ヘッドギアをつけて想定されたルールの中でスパーリングを行うのと、本気で殴り合うのとは違う、さらにはボクシングの例を逸脱して、ルール無きケンカみたいなものだ、とも。それは一人で引き受けて戦うケンカであり、誰かに代わってもらうことも、誰かに頼ることもできない。戦い方は様々にあるはずだ、と。
 その登壇者は音楽(ヒップホップ系)批評を行っているのだが、東浩紀はこう言う。ジャンルの応援をするような文章を書くな、自分は何が好きで何が嫌いなのかから書け。その原点こそが社会との接点になる、と。つまり、NOなものにはしっかりNOと言え、というわけだ。ことを荒立てたくない傾向がある若者には厳しいだろうが、確かに自分の感受性を自分の肉声で語ることからしか人を動かす言語は立ち上がってこないだろう。私自身、その登壇者の音声の発し方そのものについて疑問を感じた。ほぼ一定のスピードで話し、音程が上がって息継ぎをする。音程は上がるが強度があがるわけでもない。呼吸が浅く、単調で弱々しい印象を与える話し方だった。音楽をやっているならば呼吸を深くして腹から声を出し、自分の話し方の速度、音程の変化(時に意識的に下げる)、アタックの強弱(時に十分な間をつくるなども)を意識したほうがいいだろうなあ、と思った。これはトーク後、本人に個人の感想として伝えた(ちなみにヒップホップについて質問した観客の発話にヒップホップ的音楽性を感じた。決してヒップホップ調で質問したわけではないのだが、スタッカートのような音節の区切り方、リズムと抑揚が音楽的で話す内容を引き立てていた。音楽的な話し方を身につけるとヒップホップを語る説得力がもっと得られるのだろう)。また、譲歩的発言をする度に東浩紀に叱られていた。大人になってからあんなに叱ってくれる人はいないだろうなあ、とうらやましく感じたくらいだ。東浩紀曰く、「失敗を指摘されたとき言い訳はするな。炎上すると言い訳など機能しない」さすが経験者である。さらには「話し始めて3秒で空気を変えろ」といいつつ自ら実践してみせた。これができないと僕の職業では生き残れなかったというのは言うまでもない(あくまでも昭和の頃の予備校においての話だが)。大勢の人を引きつけるように話すにははじめの数秒が勝負なのだ。
 批評は「ユリイカ」や「群像」に書くことではない、というのも納得できる。つまり世間での評価を求め仲間同士支え合って安定を得ようとするなど、批評たり得ないということだと思う。そもそも西洋哲学はソクラテスの死とキリストの死を原点としており、後者は若きメシアが権力者に殺されるという図式、前者は老人が大衆(アンチ)に殺されるという図式であり、それが原点である以上現実と接するときの悲劇は運命づけられている。東浩紀は特に前者に注目している。確かに後者は自由と権力という歴史的に繰り返されてきたわかりやすいヒロイックな構図だが、前者は一見わかりにくい。社会に影響を与える以上、変化を望まぬ一般社会(それが通常は多数派となる)から排除される危険性を伴うはずだ、ということだ。つまり、世界を切り開こうとするものは世界によって切り刻まれることを覚悟しなければならないのだ。ここに「批評とは何か」についての東浩紀の明確な解答がある。自分がものを書くときに常に座右においておきたい意識だと思った。
 話は変わるが、トークを聞きながら僕は「孤立と連帯」ということを考えていた。「連帯を求めて孤立を恐れず」というのは東大紛争時に言われたとされている有名なフレーズだ。東浩紀が批評は一人で戦うことだ、と言って塾生たちが群れようとしたがる傾向を批判していた時にこの言葉を思い出したのだ。昔、平林たい子は「しょせん、雑魚は群れたがる」と言い放った。かっこいい台詞だ。確かに批評は、自分の戦いとして自立して行わなければならないものだ。戦っている最中に相手から目を離して誰かに助けを求めるなんてできない。捕食される動物が群れることで自分を守ろうとするのは、自然界においては正当な自己保存行為であるにせよ、自ら戦いをしかけるべき批評においては認めがたいのかもしれない。しかし、人は他者と出会い異化作用を起こすことでより強くなることもあるし、集団で狩りをするのは単独行動よりも有効だ。それぞれが自立できる力を持ちつつ共闘することは有効だろう。たとえば、ドゥルーズ・ガタリは単独ではなしえなかったであろう共著を残している。ガタリがドゥルーズに異化作用をもたらしたわけだ。今の塾生が単独で天才東浩紀に追いつくことは極めて難しいだろうが、それぞれのジャンルに卓越した3人か4人がチームを作ることで全体として総和を越えて創発が起こり新たな境地を開拓することは可能だろう。反則してでも戦えといわれた彼は、いつかタイマンというルールさえ逸脱して仲間とともにリングにあがって合体した姿でたった一人の東浩紀をボコればいいのだ。
ちょっと言い過ぎた…
少し残念に思ったのは、東浩紀は何度も、内輪の世界に閉じこもるな、外の世界とぶつかれ、と言い続けていたのだが、最後になって、登壇者の一人が客席及び動画視聴者に、次のイベントは絶対見る価値があるから 「おまえら見に来い」というような言い方をした。東浩紀は視聴者観客に「おまえら」という種の言葉を使ったりはしない。視聴者に「おまえら」という種の言葉を使う時点で「おまえら」と言われて違和感のない人、つまり内輪だけを対象にしてしまっている意識が露呈されてしまう。 これは残念な発言だと思った。

 ともあれ、非常に刺激的な時間だった。ゲンロンに行くのはが、僕にとってはある種の観光、未知との遭遇のチャンスみたいなものだ。しかし、まあ、55才になると徹夜が体調的にとても尾を引くものだ、ということもまたまた実感したのだった。

報告

そろそろ東進での仕事を再開するにあたって、弁護士の小倉秀夫先生に私の弁明をツイートしていただきました。以下の通りです。

東進予備校の西きょうじ先生のメッセージを、私が代わりにアップロードさせていただくことになりました。http://www.ben.li/nishi.html 拡散していただけると幸いです。

雑感

 今日は、去年突然死した友人の一周忌に行ってきた。友人が少ない自分にとっては滅多に会うことはなくとも貴重な存在だったのだと今にしてしみじみと思う。彼と出会った当時の仲間も参列しており同席で食事をした。外務省政務官、参議院議員とかテレビ局の編成局長とか、偉くなっていたが、当時の話になると若者だった頃の感触が蘇った。大学卒業後の数年、めちゃめちゃ貧しくてとんがってたなあ。そして多分、過大な自尊心と、実はその裏返しである過剰な繊細さのバランスをとりきれずにいた。
 こないだトークで会った小野美由紀さんが気になって、「傷口から人生」(幻冬舎文庫)を読んでみた。メンヘラ就活失敗、スペイン巡礼、家庭内人間関係、そしてlife is writingという実感にいたる出来事と移り変わる内面がとても正直に描かれていてとても面白かった。「メゾン刻の湯」のほうが普通にはおすすめしますが、自意識に苦しめられている人には「傷口」はおすすめだなあ。変な人生相談よりははるかにためになると思う。
以下引用(割と当てはまる人も多いかと思う)
働かないんじゃない。本当は働けないわけでもない。ただ、自分に自信が無い。何かの拍子につまづいて、社会の中に受け入れてもらえる自信がなくなっちゃったもんだから、そこから動き出せなくなる。人とのコミュニケーションを過剰に恐れるのは、最初っから自分の世界に閉じこもっているほうが、現実を見ないでいるほうが、ラクだからだ。(中略) 他人との接触によって見たくない現実を突きつけられることからの、逃避行為だ。

音楽の言語化

「羊と鋼の森」(宮下奈都)「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)を続けて読んでみました。前者はピアノの調律師の話、後者はピアノコンクール期間に的を絞って課題曲と出場者について書き込んだ話でした。いずれにも、ピアニストの性格、曲についての解釈によって、また調律によってどれほど異なる音楽が生み出されるかが言語化されています。漫画「ピアノの森」にも同様のことが描かれていますがこちらは音楽を言語化できているとは言えないでしょう。音楽のイメージを言語化するのはとても難しいと思いますが、特に「蜜蜂と遠雷」では、「神の雫」でワインを言語化(物語化)しているよりははるかに深く描写していました。私自身、読後にこの小説で扱われていた課題曲を数人のピアニストで聞き比べてみました。確かにピアニストの解釈によってまったく異なる音楽が作り上げられているのが非常によく実感できました。簡単に手に入るCDとしては、リストのラ・カンパネルラ(著作に出てくる課題曲ではありませんが)で、「11人の名ピアニストによるリスト」があります(廃盤かも)。私はアンドレ・ワッツの演奏が一番気に入っています。大きな手で高音の黒鍵を真上からたたいている音はとても澄んだ打撃音でピアノは打楽器なのだな、と感じさせてくれます。ピアノではありませんが、パッヘルベルのカノンとジーグやモーツアルト弦楽5重奏(K516)も数十の楽団による演奏を持っていますが、しっくりくるのはそれぞれ一つだけです。しかし、演奏を言語化することはできそうにありません。自分の好みの理由すら言語化できません。また、聞き比べてみて、自分の好き嫌いの理由を考えてみようと思います。
次の次の私のサロンのオフ会では、自分の「好き」の起源を考えてみるというテーマを扱います。7月29日の予定です。

佐々木俊尚・小野美由紀トーク

2018年5月8日 at 八重洲ブックセンター
佐々木俊尚さん小野美由紀さんのトークに行ってきました。それぞれの著書「広く弱くつながって生きる」「メゾン刻の湯」の出版記念ということでしたが、「広く弱くつながって生きる」を読み終えていましたが、当日2時間前に行って「メゾン刻の湯」を購入してトークまでに読み終える予定でしたが、結局読み終わらない状態でトークが始まりました。早くに行ったので一番前の席で聞くことができました。

「広く」については、まさしくタイトル通りの内容なのですが、佐々木さんの説明はとてもシンプルでわかりやすいものでした。
まず、自己啓発書などにある「自己ブランディング」というのは、今の社会ではごく一部の人をのぞくと厳しいのではないか、と。私も「そもそも」で成功は運の要素が大きいと繰り返し書きましたが、社会的成功者のまねをしても成功する確率は極めて低いでしょう。従来の強いつながりの中で自己を中心において生きるのというはかなり消耗するだろうと思います。強いつながりというのはムラ、会社、家族といったシステム内のみに自分を位置づけるときに生じがちです。高度成長期の戦略としてはそれが妥当だったでしょうが、人口動態、社会経済状況からすると、現在は居場所としての中間共同体が喪失されつつある時代なのだと思います。

そこで、FBや地域の集まりなどを利用して、横のつながりを築いていくことでセーフティネットを複数持つような生き方の方が合理的なのではないか、というように展開していきます。私も「居場所」「複数の居場所」を「そもそも」でテーマとして扱っているので共感するところが大きかったです。居場所を一つにしてしまうとリスクヘッジができないですし、逃げ場がないと思うことで閉塞しがちです。

私の考えでは、高度成長期的価値観= 帰属意識が強い一つの居場所 縦のつながりと同調圧力 所有 ⇒ 
現在芽生えつつある価値観 =帰属意識が弱い複数の居場所 横のつながりと多様性の受容 シェア
ということになります。

弱いつながりの1例としてシェアハウスが挙げられます。そこで「メゾン」の話になります。これは昔ながらの銭湯に同居する若者たちのストーリーです。小野さん自身が、まれびとハウスに住んでいたということでした。私の生徒たちも住んでいたことがあり、住むだけでなく対話の場としても活用できるようです。生徒が住んでいるときに一度とのぞきに行こうと思っていましたが、あいにく行くことができないままになっています。いずれ行きたいと思っています。

「メゾン」では様々なタイプの若者が同居していてそれぞれにそれぞれのことをしながらも、時に共通の課題が生じともに解決しようとしていきます。それぞれの居場所を見つけようとしながら、とりあえず銭湯が心の居場所になっているというところから話が展開していきます。ネタバレになるので内容には言及しませんが、ストーリーとして非常に面白いです。不登校や認知症といったテーマ、宗教と親子関係(私は映画「息衝く」を思い出しました)も扱っています。シェアエコノミーについては私のサロンでもテーマとして話し合いましたが、やはり若い世代のほうが抵抗なく受け入れられるようで、所有からシェアへというのは、これからの時代が向かう方向なのだろうと思います。

ただ現実問題として抵抗勢力は小さくありません。高度成長期の価値観を若者に押しつけようとするおじさんたちはまだまだ元気ですし、「道徳」の教科化といった政治的圧力もあります。佐々木さんは3拠点生活を行っており、私も25年くらい軽井沢と東京の②拠点で生活していますが、田舎では町内会的なしばりから逃れることは難しいですし、むしろその中で役割を果たさないと生活しにくということもあります。その環境を味わいインフラを使わせてもらっているわけですから当然ではありますが、そこでのつながりはなかなか自分の望む濃度にはなりにくいものです。資本主義経済のひずみが顕在化しつつある格差社会、また高齢化社会の中で、時代の大きな流れと抵抗勢力のバランスの中で自分なりの生き方を選んでいくことなのだろうなと思います。でも弱いつながりを複数持つのはやってみれば思うほど大変なことでもないでしょう。少し、目を外に向け、ちょっと動いてみればいいだけのことで見つかるものなのかもしれません。

対談lの中で面白かったのは、小野さんがマッチングサイトにはまっているという話でした。出会いのアウトソーシングは確かに合理的だし、恋愛よりは結婚をしたいという生存戦略を求める人がいるというのもとても納得できました。

あとは、最前列に居た方が、多様性は認めるが自分はゲイに好かれても気持ち悪いと言い放ったのに対して、小野さんがキレかけているのにとても共感しました。「あー、もやもやする、この話で2時間は話せる!」と小野さんが叫んで終わったトークでした。こんな終わり方はじめて見た。このオヤジは「ムーンライト」でも気持ち悪いというのかなあ、「君の名前でぼくを呼んで」を見ても拒絶してしまうのだろうなあ、もったいない! しかし、ともあれ、そういうことをわざわざ人前で発言する、というのはさすがに糾弾されてしかるべきだろうと思いました。

あと、「メゾン」ですが、私は実はストーリー以上に文章表現に圧倒されました。
「誰かと一緒に見た刹那の美しい景色が、人を、ずっとずっとその先も、活かしはしまいか、と僕は思う。」 
この読点の感じがとてもいいなあ。
「敏感で柔らかな指先を、他者に向かって伸ばすこと、それが、僕にとっての希望なのだ。」
私はこれと同様のことを書くのに「そもそも」では理屈っぽくぐだぐだ書いて1ページくらい使ってしまいました。「敏感で柔らかな指先」かあ。私にはこういう表現を作り出す感性がないのだろうなあ。残念だけど、自分は自分の文体でいくしかないのだろう。せめて感性をしなやかにするために今週末は山に行ってこよう。久しぶりに様々なコケ(苔)さんたちと会話してきます。




「シェアリング エコノミーについて」 サロンオフ会のメモ

西きょうじサロン「ポレポレ現代社会読解トーク」オフ会10回目のテーマは「シェアリングエコノミー」についてでした。今回、私が話したことをまとめておきます。やや長いです。電車でスマホ、という感じだと疲れると思います。時間の余裕があるときにどうぞ。オフ会では私のコメントに続けて参加者それぞれのコメント、ディスカッションへ続いていきました。「彼女はシェアできるか」なんていう話題が飛び出し、かなり変なところで盛り上がったりもしました。
 今シェアリングエコノミーという分野が広がっている(Air B&Bやウーバーやネットフリックス, スワップドットコム、シェアハウス、家事代行などなど)が、歴史的に見るとシェアは石器時代、狩猟採集生活から始まっており、人間の脳の構造はその頃に定着したものなので、人間の本能にシェアリングエコノミーは埋め込まれている、といえる。シェアーというのは、生後間もない赤ん坊にも見られる特徴でもあり、また吸血コウモリなど人間以外の動物にも見られる(これは「そもそも」に書いたと思う)特性でもある。また、フェアネスを支持するというのは、チンパンジーの行動にも見られる特性だ。だからフェアなシェアリングというのは単なる空想的な理想主義とは言い切れないだろう。社会システムとして真に公正なシェアリングを実装した近代国家は今だみられない(共産主義という夢想はあったし、福祉国家構想もある程度までは成功したこともあったが…)が、ピケティなど格差を解消しようとするスタンスの本が売れているのは行き過ぎた格差をアンフェアだと感じている人が多いからだと思う。市場経済のグローバル化と過度な個人主義の正当化によって一部の企業が国境を越えて国家以上の力を持つようになった結果だということもできるが。

 その後、言語を備えた概念としてのシェアリングが定着したのは古代ローマだと考えられる。共有資源(コモンズ)についてはこの頃に議論の対象となっている。私的所有という概念(特に土地の私有)が高まっていったのは帝国主義の時代を経験した後、18世紀19世紀のヨーロッパ、アメリカにおいてだ。帝国主義時代には、コロンブスたちは、上陸した土地で、私有概念の希薄なネイティブたちのものを次々と奪い取りながら(かれらは共有だと思っているので何でも人に手渡してしまう)、自分たちのものには手を触れさせない、手を触れたら虐殺するという非対称性を示した。ちなみにネイティブアメリカンは今でも土地の私有という概念を受け入れていない。

 その後、産業革命とともにdomesticityという概念が誕生し、私有概念が急速に高まっていくことになる。日本では、江戸時代には長屋があって(今も残ってはいるが)、屋根を共有し、私有概念はもちろんあったものの、必需品の貸し借りはかなり頻繁に行われていた。同じ屋根の下に暮らしているタワーマンションの住民とはまったく異なる「同じ屋根の下」だった。また、この時代には、「かせぎ」以外に「つとめ」を果たすことが義務づけられ、それによって自治を共有していた。つまり、地域の橋や道の修繕作業などは町民がシェアすべき仕事だった。

 近代的資本主義と個人主義が支配力を高めて行くにつれて、個人個人が「もっと浪費し、もっと消費する」文化が広がっていく。もちろんこれは持続可能ではない。現在、環境汚染、地球の温暖化は限界に近づきつつある。たとえば、海洋に投棄された莫大なゴミが太平洋上でゴミ大陸を形成してしまっている。このゴミ大陸は「グレート・パシフィック・ガービジ・パッチ(The Great Pacific Garbage Patch、GEGP)」などと呼ばれているが、『nature』の「Scientific Reports」オンライン版によると、船舶と航空機による調査でゴミの総量は少なくとも7万9000トン、広さは160万平方キロメートルフランスの面積の約3倍と見積もられている。 

 また、2008年のリーマンショックでこのまま経済が成長し続けるわけではないと実感することになる。そのあたりから、シェアリングエコノミーが広がっていくことになった。考えてみると、そもそもインターネットは情報をシェアするものであり、あるいはそのオペレーションシステム自体も(Linuxのように)シェアすることで普及していったわけだから、(マイクロソフトは独占しようとしてきたが… )インターネットとシェアリングエコノミーはもともと親和性が高いもので、ネットによってシェアエコノミーが拡大することになったのは当然の結果だと言える。

 そう考えると、ミレニアム世代(デジタルネイティブ)がシェアリングを抵抗なく受け入れるのは自然なことなのだろう。自分の世代、いや自分だと、腕時計や万年筆はシェアできないなあ。(使うときには身体の一部として機能しているものだから、ほぼ自分の身体のように感じているから、かな)シェアエコノミーは金銭の節約にもなり、捨てる物も減り、環境にもやさしいが、そのような動機では一時的な流行に終わりかねない。しかし、シェアリングエコノミーは一過性の流行ではないだろう。というのは、それを根底で支えているのは、利他的本能、フェアネスの本能、あるいは人との関わり、承認欲求、さらには「孤立」しがちな社会においてメンバーシップへの帰属が得られるという人間として根本的な部分に深く関わるものだからだ。理念先行型の運動というのは、途中で消滅しがちだが、シェアリングエコノミーは、経済的に生活の助けになるだけでなく、本能的に受け入れられるものだという点で持続可能だと思う。

 そもそも、ちょっと考えればわかることだが、私たちはドリルというものがほしいのではなく、穴を開けるということが満たされることを望んでいるわけだ。ドリルというものは共有であっても何の問題もない。DVDも同様で、映像を観るという体験を望んでいるならばレンタルDVDでもよいわけだが、ものを排除したネットフリックスのほうがさらによいということになっていくだろう。「ものからことへ」というのはよく聞かれるフレーズだが、まさに体現されつつあると言える。ちなみに旅行産業でも「こと」体験を売り物とする商品が増えている。

 さらに、単に節約というだけではなく、たとえばカーシェアでは、「今日はBM,明日はキャンピングカー」というような選択によって所有ではなかなか得られない楽しみを得ることもできるようになりつつある。やはり、楽しい、ということが付随してこそ広く受け入れられやすくなるのだろう。
 
 シェアは大きく分けてPSS(所有しなくても利用した分だけお金を払う。カーシェアやコインランドリーなど)、再分配市場(メルカリやスワップドットコムなど、不要品の買い取りや物々交換)共同型ライフスタイル(時間や空間やスキルやマネーの共有、家事代行、シェアハウスなどもここに含まれる)の3つに分かれる。

 再分配市場においては、その信頼性を維持するために上からのルール規制ではなく、メンバーシップによる評価システムが活用されている点に注目したい。リーダーがいたりルールがあったりする上から下への治安維持システムよりも、横につながるネットワークによる維持システムは、これからの組織のありかたを暗示しているように思われる。

 ぼくは特に共同型ライフスタイルに興味がある。ネットフリックスでは映画評が20億件もあるし、アマゾンでも商品レビューは無料でシェアされている、宣伝か否かを見極める必要はあるだろうが、基本的に人の役に立ちたいという気持ちあるいは何らかの承認欲求が働いた結果だろう。つまり、そこには経済的等価交換ではない、贈与、あるいは評価経済というシステムが機能しているのだろう。孤立が進んでしまった(イギリスでは孤独省まで作られた、孤独が健康をむしばみ、国家経済に大きなコストとなっているからだ)現代社会において、シェアエコノミーはつながりを取り戻す手段ともなりうる、という点に注目したい。 

 話は変わるが、「借りの哲学」と言う本を読んだ。ここに書かれている理念はあまりに理想主義的だとは思うが、ともあれ興味深く読めた。乱暴に要約すると、人は「借り」を生まれながらに背負い、「借り」ながら生活している。人それぞれ生まれながらに与えられているものは異なるし、平等であったりはしない。しかし、多く与えられたものは多く社会に返すべきだし、少なくしか与えられていないものにはその個性を発揮できる場を社会が提供すべきだ。そうすることで、共同体のつながりを復活させて行こう、という話だ。とても共感できるのだけど、私有財産の拡大にばかり目が行く現代の風潮にそのようにそういう制度を実装できるのか、と思ってしまう。しかし、考えてみると、シェアリングエコノミーは一つの解決策になりうるのではないかと思う。

 セルフメイドパーソンと自称する個人主義者、特にIT関係、投資関係の金銭的成功者は、無料でネットという新たなインフラを利用している時点で大きな借りがあるわけだし、情報や人間関係についても大いに借りはあるだろうが、それを見ないことにしていることが多い。自分の力で成し遂げたのだ、という誇りは大切なのかもしれないが、大体においていくら努力しても、先人が作ったインフラと社会構造、さらに幸運がなければ、個人の経済的な成功などありえない。社会的に成功した人ほど、大きな借りがあるわけで、それは貸し手くれた相手(不特定過ぎて返しようもない)に返すのではなく、多くの人とシェアすることで社会に、あるいは将来の世代に返していくというような意識が必要なのだろうなあ、と思う。

ぼくたちが生まれ育ってきたこと自体、親や他の人たち、生まれ落ちた環境に「借り」があるわけだけど、個人主義的に「借り」をかえさなければならない、と思うと重荷に感じるだろう。むしろ、貸し借りは世の常だと考え、個人の殻を破っておけば楽になるし、風通しもよくなる。自分にできないことなんて誰にもあるのだからそれは人の力を借りる(お金を払ってアウトソーシングするのではなく)、自分にできることで人にできないことがあれば自分の力を人に貸す、これが常態だと思えば、社会(共同体)はうまく回るのではないか、と思う。もてる力をシェアするというだけのことだが。

 キリスト教圏では、社会的成功者が寄付をするというのは半ば義務づけられている、というのはそういうことなのだろう。oweは「借りがある」という語であり「義務」につながるが、I owe youはIOU(借用書)を意味するが、I owe something to youでは「somethingはあなたのおかげだ」というような「感謝する」意味を表す。 「義務を感じる」というよりは「ありがとう」という方がお互いに気持ちいいだろうなあ。また、own「所有する」はoweを語源とする語である、ということは銘記しておいてもよいだろう。
プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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