FC2ブログ

LITALICOフォーラムの感想 part1

LITALICO フォーラム「青年期から成人期の発達障害支援の現状と課題」に参加して
(2018年11月4日東京大学本郷キャンパス)
part1

午前中の熊谷晋一朗さん(東京大学先端科学研究センター准教授)による基調講演
「当事者視点から見る青年期以降の発達障害支援~そのケモノ道から学ぶもの」をベースに当日の感想などを書いてみます。

 なお、熊谷先生の話に私の社会認識、感想を加えながら書いているので、これは講演の要約ではなく、文責は私にあります。

まずは医学モデルと社会モデルのちがいについての説明がありました。
 医学モデルというのは、障害は当事者の内部の問題だとして、治療、リハビリを通じて、障碍者を健常者に近づけようというアプローチです。1970年代はこのアプローチしかなく、障害者は健常者に近づかなければ社会で生きていけないと考えられていました。脳性麻痺である熊谷先生自身も子供の時期に回復の見込みもないのに厳しいリハビリ訓練を続けさせられたと語っています。しかし、1980年代以降、社会モデル、つまり障害は障害者と社会の接合がうまくいかないことから生じるのだから、社会の側が変化することによって障害者が等身大のまま生きていけるようにできるはずだという考え方がでてきます。

 たとえば、科学技術の進歩によって障害者と社会との接合面をなめらかなものにすることは可能です。眼鏡やコンタクトレンズが簡単に手に入る現在では、近視を障害だと考えている人はいないでしょう。障害をテクノロジーの力によって障害でなくする、ということはある程度まで可能でしょう。

現代では医学自体も医学モデルアプローチをとっておらず、個人の可変性の限界と社会の可変性の現状を考慮しつつベストミックスを探るというアプローチになっています。
つまり両者の適合性を個人の中に障害があるのだからそれを治療して健常者に近づける、ということだけが解決法だとは考えられていないわけです。

しかし、日本の社会を見渡すといまだに医学モデル的考え方に基づく差別が横行しているように思われます。健常者ができることをできないくせに、というような発言も多々みられますし、社会の側、自分の側ではなく、障害者の側にのみ問題があるという考え方も敷衍しています。できれば接触したくない、関わりたくないという排除的姿勢をパブリックスペース(電車など)で見かけることも多いです。目に見える障害に対する差別に対しては健常者のマインドセットの改善が必要でしょう。おそらくそれには啓蒙活動よりもちょっとしたナッジが有効かと私は思います。具体的に有効なナッジを今思いついているわけではありませんが。
 
ところが自閉スペクトラム症のように目に見えにくい障害に対してマインドセットを変えることはさらに困難です。そのような症状がおこってしまうのだということを理解していないと、社会的コミュニケーションのとりづらさは相手の性格の問題で簡単に治せるはずだと思ってしまいがちだからです。

社会的コミュニケーションがうまくいかないことについては、障害を持つ少数派の側だけに責任を帰すのではなく、少数者と多数者のあいだに障害が起こっているのであり、それは行動の予測誤差への感度の問題としてとらえることによって、コミュニケーション障害の解消が可能になります。ここでも科学技術的アプローチは有効です。たとえば認知ミラーリングシステムによって、自閉症の人には環境がどう見えているか、を体験することができます。当事者が感じ取っている雑踏の音、光の刺激などを、VRを通じて体験すると環境に対する反応の違いを実感でき、当事者の感じ方を共有できます。他者(この場合当事者)が抱えている問題を知ることが、社会の中の一員として、みながそれぞれに自分らしく生きることの第一歩になるのです。 part2に続く
 
スポンサーサイト

オンラインサロン「ポレポレ現代社会トーク」オフ会第12回

オフ会12回「メディアをどう捉えるか」のためのメモ書き

メディア論とはマーシャル・マクルーハンによると「内容それ自体より伝えるメディアの形が重要であるとする」考え方。
そもそもメディアとは媒介なわけで、情報を媒介するもの全般と考えられる。
情報メディアはマスメディア、ミドルメディア(数千から数万までが対象 いわば閉じた系)、パーソナルメディアという3つに分類される。私たちがSNSで発信する場合、もちろん私たち自身もメディアなのだという意識は必要だろう。そして、メディア批判する場合には、批判する自分の言語がメディアによって形成されている要素があるので、批判対象から距離を置ける言語を使うようにすることが大切だ。
マスメディアには、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、SNSなどが含まれる。
新聞、雑誌がSNSに押されていることはいうまでもない、が、それは文字を読んで考えるというロジカルな思考行為が損なわれ、視覚情報、断片情報に反射的に反応するという行為が優勢になりつつある、という事態と平行している。だからといって文字、論理リテラシーの復活をうたうのは現実的に厳しいだろう、と思われる。フェイクニュースなども文字情報だけによるよりも映像を加えることでより脊髄反射的に伝達されるものとなるだろう。

 媒介は紙からPCへさらにはモバイルへと移行しており、モバイルへの加速は急激でインドでは月に700万人が新たな携帯契約をしている。そうなると情報の発信受信ともにモバイルというフォーマットに合うが優位になるというのは言うまでもない。携帯を利用するときの場所の制約性のなさはもちろんだが、身体的な要素も考えるべきだろう。携帯では新聞を一瞥するように広い視野で眺めることは難しい。ビジネスモデルとして断片化され視覚的インパクトを生む情報提示の仕方が優位になっていくわけだ。PCが果たしていた役割の多くを携帯が果たすようになるという変化はメディアの変化にとどまらず、情報発信受信のありかたに大きく影響していくだろう。ビジネスとして考えた場合、モバイルに適した情報発信をできるモデルを考えたものが先行していくだろう。私が、今ここに書いているような長い文章は情報としてはもはや化石のようなものだ。
 現在のネットニュースのありかたを見る限り、新たな方向に向かうビジネスモデルが確率しつつあるようには見えない、過渡期なのだろう。しかし、ニュースを伝えるという点におけるメディア全般にあるべき一貫性という点で見ると、ジャーナリズムの劣化は目を覆うばかりだ。ここに、マスメディアの問題点を列挙してみるので、気になる点、引っかかる点があれば、メモしてあとで話題に取り上げてください。
1 権力との癒着(特に日本では大手メディアの代表が政治家と食事するなど)
2 記者クラブというお友達組織(大本営発表にしかなりえない情報入手)
3 言語の定型化、常套句化。テレビのニュース番組など「舌鼓を打っていました」「子どもたちが躍動していました。」などなど、ニュース用の定型的言葉遣い。
言語はとても重要なのだが、その言説の仕方の定型化は情報そのものの中身のなさを露呈している、これは発信者の匿名性(つまり誰が発信しても同じこと)にも関わる。発信者の責任が回避されるからだ。
また、このような常套句ばかりが埋め込まれたニュースは見る価値がない。何も批評性もないからだ。天気予報ならばもちろんそれでいいのだが。
 4 ①,②の点で見るとテレビより、ラジオのほうが権力との距離は、権力による制約をうけにくい。ネットもそうであるはずだが、意外に権力的センサーシップが働いており、
政治的利用は容易なメディアであると言える。メディアが政治との癒着あるいは政治による圧力によって独立的ジャーナリズムの機能を果たしえないのと同様、新聞がテレビを批判できない(テレビ局と同系列であるから)という現状も共倒れになる様相を呈している理由だ。私はラジオというメディアの可能性(ミドルメディア的)に注目している。

5 情報の信頼性
速報 性、 情報 の 信頼 性、 ソース への アクセシビリティ、 などなどの要素があるが、 内田樹は情報の価値を「その 情報 に アクセス する こと によって、 世界 の 成り立ち について の 理解 が 深まる か どう か」においている。理想主義的ではあるが、ジャーナリストが考慮すべき要件だろう。第一次情報へのアクセスとそのコストを考えると二次情報的ネットメディア(パクリともいう)が増えている現状は仕方ないのかもしれないが、クラウドファンディングなどで支えていくことができればよいだろうなあ。情報は無料で提供されるものだという意識は払拭すべきだろう。

6 物語的構造
  いわゆる弱者憑依。
   マイノリティー側にたった報道をしておけば共感が得られ、批判されにくい。しかしそのときマイノリティーは個別性を越えて記号化されている。これはネットでも同様だ。
しかし、はじめはそのスタンスをとるにせよ、事後の調査およびメディアの中立性は必要だろう。

7発信者の匿名性
再び内田樹の言葉を借りると、「少し でも 価値判断 を 含む もの は、 政治 記事 に し ても、 経済 記事 に し ても、 その コンテンツ の 重み や 深み は、 固有 名 を 持っ た 個人 が 担保 する 他 ない と 僕 は 思う の です。   けれども、 僕たち が 今 読ま さ れ て いる、 聴か さ れ て いる 文章 の ほとんど は、 血 の 通っ た 個人 では なく、 定型 が 語っ て いる。 定型 が 書い て いる。」内田 樹. 街場のメディア論 (光文社新書)
もちろん、匿名性が大切な場合もある。「保育園落ちた、日本シネ」のような発言だ。
しかし、ジャーナリストの発言は今以上に署名記事に向かうべきではないか。

8メディアは社会的共通資本か 
ビジネスとして割り切ってよいものなのか?
社会共通資本として、医療・教育や電気道路などのインフラと同様に利潤追求の対象として市場的条件に左右されてはならない という原則を守るべきなのか?
ビジネスとして割り切るならば、消費税免除を訴えるのは筋違いであるし、それを訴えるならばビジネス以上に重視すべきことがあるのだという自覚を持つべきだろう。
9メディアは事件、戦争が好き 
そりゃそうだ、「今日は昨日と同じように平和な日でした」じゃニュースにならん。もしかしたら、メディアが取り上げるために事件が起きているのか?つまり何でもないことを事件化して扱っているのか?しかし、パーソナルメディアならば事件なき伝達も可能になるので、ミドルメディア、パーソナルメディアでそういう個人発、世の中の普通さ、良さを伝えることが増えていく方が社会の安定につながるだろう。ただし、でっち上げられたちょっといい話、では意味がない。

では、各人、メディアについて思うことを述べていきましょう。⇒ 各人の発表とそれに対するコメントなど、今回もかなり盛り上がる議論が展開しました。

皆の発言中、私が特に関心を持ったテーマは、「雑誌」というメディア、0年代と現代のネット空間の違い、文体論、メディアから距離をとって批判的に見る方法、インスタなど視覚的情報による文字のない文化への退行、といったあたりでした。
 次回は6月24日14時半、テーマは「自分が何にはまってきたのかの歴史を記述する⇒自分の好き嫌いの起源をたどる」
好き嫌いについては人は直感で決めてそれ以上思考しないことが多いのだけど、自分史的に掘り下げて、それを他の人と共有することで新たな発見があるのではないか、という回です。次回は参加メンバー一人につき二人まで知人を連れてきてくれてよいという形にしてみます。参加申し込みのときに同伴される方の名前、人数を伝えてください。

ゲンロンカフェ5周年イベント

ゲンロンカフェ5周年イベントに行ってきました。ゲンロンカフェというのは、哲学者東浩紀主催の主にトークイベントを行うスペースです。ゲンロンでのトークは、予定調和的に行われるものは稀で、通常はテーマについてトークしながら思わぬ方向に話が進み、観客、ネット視聴者は登壇者の思わぬ発言に刺激されそこに参加しているという臨場感、一回性を味わえます。今回は5周年と言うこともあって、これからのゲンロン背負っていく4人を四天王と名指して、東浩紀含めて5人でトークするという豪華なイベントでした。
「批評とは何か」「これからゲンロンはどう進んでいくか」というのが基本的なテーマとして掲げられ、トークは19時から休憩をはさみ、非常に盛り上がって深夜1時まで続きました。もちろん終電は終わっています。私はそのあと4時半までゲンロンカフェで観客や登壇者と話しながらワインを飲みました。
 様々な話題が飛び出し、それぞれに考えるところはあったのですが、ここでは自分にとって特に興味深かった部分、思考のきっかけになった部分にしぼって書きます。

 まず批評とは何か。東浩紀はツイッターで「カタカナを並べて、直観的には10秒でわかるようなことを小難しい文章で書き、自分の賢さをアピールするのが批評ではない。批評というのは、それを読む前と後では作品鑑賞やコミュニケーションの仕方が変わり、世界が変わるものじゃなければいけないのだ。」とつぶやいている。つまり、机上の空論におわるものであってはいけないし、仲間内で言語を共有すればよいというものでもない、あくまでも言葉が現実と接する実践でなければならない、ということだ。そのことによって現実の中に新たな価値を生み出すのだ。であれば、当然、社会的現実、社会通念、あるいは政治とぶつかりあうことになる。つまりは批評とは読者に社会に刃を突きつけ世界を切り開こうとする行為だと言っても過言では無いだろう。刃を突きつける以上、相手も命がけで攻撃してくる覚悟が必要だ。
 東浩紀は、おそらくはその覚悟ができていなかったのであろう若い登壇者(批評再生塾というゲンロン主催の評論家育成コースの第一期総代)に、覚悟のほどをせまっていた。(この登壇者は、最近のイベントで真っ向批判してきた相手に対して戦うことを放棄して逃げてしまった、ということだった。私はその場にいなかったので判断できないが…)
 トークでは東浩紀はボクシングに例えてこう言う。「批評は格闘技であり、相手に痛いと思わせることが必要だ。自分が先に痛いと言ってしまったら負けだ」さらに、実践とスパーリング(白ワインを飲みながらついついスパークリングと言ってしまっていたのは面白かった)はちがう。ヘッドギアをつけて想定されたルールの中でスパーリングを行うのと、本気で殴り合うのとは違う、さらにはボクシングの例を逸脱して、ルール無きケンカみたいなものだ、とも。それは一人で引き受けて戦うケンカであり、誰かに代わってもらうことも、誰かに頼ることもできない。戦い方は様々にあるはずだ、と。
 その登壇者は音楽(ヒップホップ系)批評を行っているのだが、東浩紀はこう言う。ジャンルの応援をするような文章を書くな、自分は何が好きで何が嫌いなのかから書け。その原点こそが社会との接点になる、と。つまり、NOなものにはしっかりNOと言え、というわけだ。ことを荒立てたくない傾向がある若者には厳しいだろうが、確かに自分の感受性を自分の肉声で語ることからしか人を動かす言語は立ち上がってこないだろう。私自身、その登壇者の音声の発し方そのものについて疑問を感じた。ほぼ一定のスピードで話し、音程が上がって息継ぎをする。音程は上がるが強度があがるわけでもない。呼吸が浅く、単調で弱々しい印象を与える話し方だった。音楽をやっているならば呼吸を深くして腹から声を出し、自分の話し方の速度、音程の変化(時に意識的に下げる)、アタックの強弱(時に十分な間をつくるなども)を意識したほうがいいだろうなあ、と思った。これはトーク後、本人に個人の感想として伝えた(ちなみにヒップホップについて質問した観客の発話にヒップホップ的音楽性を感じた。決してヒップホップ調で質問したわけではないのだが、スタッカートのような音節の区切り方、リズムと抑揚が音楽的で話す内容を引き立てていた。音楽的な話し方を身につけるとヒップホップを語る説得力がもっと得られるのだろう)。また、譲歩的発言をする度に東浩紀に叱られていた。大人になってからあんなに叱ってくれる人はいないだろうなあ、とうらやましく感じたくらいだ。東浩紀曰く、「失敗を指摘されたとき言い訳はするな。炎上すると言い訳など機能しない」さすが経験者である。さらには「話し始めて3秒で空気を変えろ」といいつつ自ら実践してみせた。これができないと僕の職業では生き残れなかったというのは言うまでもない(あくまでも昭和の頃の予備校においての話だが)。大勢の人を引きつけるように話すにははじめの数秒が勝負なのだ。
 批評は「ユリイカ」や「群像」に書くことではない、というのも納得できる。つまり世間での評価を求め仲間同士支え合って安定を得ようとするなど、批評たり得ないということだと思う。そもそも西洋哲学はソクラテスの死とキリストの死を原点としており、後者は若きメシアが権力者に殺されるという図式、前者は老人が大衆(アンチ)に殺されるという図式であり、それが原点である以上現実と接するときの悲劇は運命づけられている。東浩紀は特に前者に注目している。確かに後者は自由と権力という歴史的に繰り返されてきたわかりやすいヒロイックな構図だが、前者は一見わかりにくい。社会に影響を与える以上、変化を望まぬ一般社会(それが通常は多数派となる)から排除される危険性を伴うはずだ、ということだ。つまり、世界を切り開こうとするものは世界によって切り刻まれることを覚悟しなければならないのだ。ここに「批評とは何か」についての東浩紀の明確な解答がある。自分がものを書くときに常に座右においておきたい意識だと思った。
 話は変わるが、トークを聞きながら僕は「孤立と連帯」ということを考えていた。「連帯を求めて孤立を恐れず」というのは東大紛争時に言われたとされている有名なフレーズだ。東浩紀が批評は一人で戦うことだ、と言って塾生たちが群れようとしたがる傾向を批判していた時にこの言葉を思い出したのだ。昔、平林たい子は「しょせん、雑魚は群れたがる」と言い放った。かっこいい台詞だ。確かに批評は、自分の戦いとして自立して行わなければならないものだ。戦っている最中に相手から目を離して誰かに助けを求めるなんてできない。捕食される動物が群れることで自分を守ろうとするのは、自然界においては正当な自己保存行為であるにせよ、自ら戦いをしかけるべき批評においては認めがたいのかもしれない。しかし、人は他者と出会い異化作用を起こすことでより強くなることもあるし、集団で狩りをするのは単独行動よりも有効だ。それぞれが自立できる力を持ちつつ共闘することは有効だろう。たとえば、ドゥルーズ・ガタリは単独ではなしえなかったであろう共著を残している。ガタリがドゥルーズに異化作用をもたらしたわけだ。今の塾生が単独で天才東浩紀に追いつくことは極めて難しいだろうが、それぞれのジャンルに卓越した3人か4人がチームを作ることで全体として総和を越えて創発が起こり新たな境地を開拓することは可能だろう。反則してでも戦えといわれた彼は、いつかタイマンというルールさえ逸脱して仲間とともにリングにあがって合体した姿でたった一人の東浩紀をボコればいいのだ。
ちょっと言い過ぎた…
少し残念に思ったのは、東浩紀は何度も、内輪の世界に閉じこもるな、外の世界とぶつかれ、と言い続けていたのだが、最後になって、登壇者の一人が客席及び動画視聴者に、次のイベントは絶対見る価値があるから 「おまえら見に来い」というような言い方をした。東浩紀は視聴者観客に「おまえら」という種の言葉を使ったりはしない。視聴者に「おまえら」という種の言葉を使う時点で「おまえら」と言われて違和感のない人、つまり内輪だけを対象にしてしまっている意識が露呈されてしまう。 これは残念な発言だと思った。

 ともあれ、非常に刺激的な時間だった。ゲンロンに行くのはが、僕にとってはある種の観光、未知との遭遇のチャンスみたいなものだ。しかし、まあ、55才になると徹夜が体調的にとても尾を引くものだ、ということもまたまた実感したのだった。

佐々木俊尚・小野美由紀トーク

2018年5月8日 at 八重洲ブックセンター
佐々木俊尚さん小野美由紀さんのトークに行ってきました。それぞれの著書「広く弱くつながって生きる」「メゾン刻の湯」の出版記念ということでしたが、「広く弱くつながって生きる」を読み終えていましたが、当日2時間前に行って「メゾン刻の湯」を購入してトークまでに読み終える予定でしたが、結局読み終わらない状態でトークが始まりました。早くに行ったので一番前の席で聞くことができました。

「広く」については、まさしくタイトル通りの内容なのですが、佐々木さんの説明はとてもシンプルでわかりやすいものでした。
まず、自己啓発書などにある「自己ブランディング」というのは、今の社会ではごく一部の人をのぞくと厳しいのではないか、と。私も「そもそも」で成功は運の要素が大きいと繰り返し書きましたが、社会的成功者のまねをしても成功する確率は極めて低いでしょう。従来の強いつながりの中で自己を中心において生きるのというはかなり消耗するだろうと思います。強いつながりというのはムラ、会社、家族といったシステム内のみに自分を位置づけるときに生じがちです。高度成長期の戦略としてはそれが妥当だったでしょうが、人口動態、社会経済状況からすると、現在は居場所としての中間共同体が喪失されつつある時代なのだと思います。

そこで、FBや地域の集まりなどを利用して、横のつながりを築いていくことでセーフティネットを複数持つような生き方の方が合理的なのではないか、というように展開していきます。私も「居場所」「複数の居場所」を「そもそも」でテーマとして扱っているので共感するところが大きかったです。居場所を一つにしてしまうとリスクヘッジができないですし、逃げ場がないと思うことで閉塞しがちです。

私の考えでは、高度成長期的価値観= 帰属意識が強い一つの居場所 縦のつながりと同調圧力 所有 ⇒ 
現在芽生えつつある価値観 =帰属意識が弱い複数の居場所 横のつながりと多様性の受容 シェア
ということになります。

弱いつながりの1例としてシェアハウスが挙げられます。そこで「メゾン」の話になります。これは昔ながらの銭湯に同居する若者たちのストーリーです。小野さん自身が、まれびとハウスに住んでいたということでした。私の生徒たちも住んでいたことがあり、住むだけでなく対話の場としても活用できるようです。生徒が住んでいるときに一度とのぞきに行こうと思っていましたが、あいにく行くことができないままになっています。いずれ行きたいと思っています。

「メゾン」では様々なタイプの若者が同居していてそれぞれにそれぞれのことをしながらも、時に共通の課題が生じともに解決しようとしていきます。それぞれの居場所を見つけようとしながら、とりあえず銭湯が心の居場所になっているというところから話が展開していきます。ネタバレになるので内容には言及しませんが、ストーリーとして非常に面白いです。不登校や認知症といったテーマ、宗教と親子関係(私は映画「息衝く」を思い出しました)も扱っています。シェアエコノミーについては私のサロンでもテーマとして話し合いましたが、やはり若い世代のほうが抵抗なく受け入れられるようで、所有からシェアへというのは、これからの時代が向かう方向なのだろうと思います。

ただ現実問題として抵抗勢力は小さくありません。高度成長期の価値観を若者に押しつけようとするおじさんたちはまだまだ元気ですし、「道徳」の教科化といった政治的圧力もあります。佐々木さんは3拠点生活を行っており、私も25年くらい軽井沢と東京の②拠点で生活していますが、田舎では町内会的なしばりから逃れることは難しいですし、むしろその中で役割を果たさないと生活しにくということもあります。その環境を味わいインフラを使わせてもらっているわけですから当然ではありますが、そこでのつながりはなかなか自分の望む濃度にはなりにくいものです。資本主義経済のひずみが顕在化しつつある格差社会、また高齢化社会の中で、時代の大きな流れと抵抗勢力のバランスの中で自分なりの生き方を選んでいくことなのだろうなと思います。でも弱いつながりを複数持つのはやってみれば思うほど大変なことでもないでしょう。少し、目を外に向け、ちょっと動いてみればいいだけのことで見つかるものなのかもしれません。

対談lの中で面白かったのは、小野さんがマッチングサイトにはまっているという話でした。出会いのアウトソーシングは確かに合理的だし、恋愛よりは結婚をしたいという生存戦略を求める人がいるというのもとても納得できました。

あとは、最前列に居た方が、多様性は認めるが自分はゲイに好かれても気持ち悪いと言い放ったのに対して、小野さんがキレかけているのにとても共感しました。「あー、もやもやする、この話で2時間は話せる!」と小野さんが叫んで終わったトークでした。こんな終わり方はじめて見た。このオヤジは「ムーンライト」でも気持ち悪いというのかなあ、「君の名前でぼくを呼んで」を見ても拒絶してしまうのだろうなあ、もったいない! しかし、ともあれ、そういうことをわざわざ人前で発言する、というのはさすがに糾弾されてしかるべきだろうと思いました。

あと、「メゾン」ですが、私は実はストーリー以上に文章表現に圧倒されました。
「誰かと一緒に見た刹那の美しい景色が、人を、ずっとずっとその先も、活かしはしまいか、と僕は思う。」 
この読点の感じがとてもいいなあ。
「敏感で柔らかな指先を、他者に向かって伸ばすこと、それが、僕にとっての希望なのだ。」
私はこれと同様のことを書くのに「そもそも」では理屈っぽくぐだぐだ書いて1ページくらい使ってしまいました。「敏感で柔らかな指先」かあ。私にはこういう表現を作り出す感性がないのだろうなあ。残念だけど、自分は自分の文体でいくしかないのだろう。せめて感性をしなやかにするために今週末は山に行ってこよう。久しぶりに様々なコケ(苔)さんたちと会話してきます。




「シェアリング エコノミーについて」 サロンオフ会のメモ

西きょうじサロン「ポレポレ現代社会読解トーク」オフ会10回目のテーマは「シェアリングエコノミー」についてでした。今回、私が話したことをまとめておきます。やや長いです。電車でスマホ、という感じだと疲れると思います。時間の余裕があるときにどうぞ。オフ会では私のコメントに続けて参加者それぞれのコメント、ディスカッションへ続いていきました。「彼女はシェアできるか」なんていう話題が飛び出し、かなり変なところで盛り上がったりもしました。
 今シェアリングエコノミーという分野が広がっている(Air B&Bやウーバーやネットフリックス, スワップドットコム、シェアハウス、家事代行などなど)が、歴史的に見るとシェアは石器時代、狩猟採集生活から始まっており、人間の脳の構造はその頃に定着したものなので、人間の本能にシェアリングエコノミーは埋め込まれている、といえる。シェアーというのは、生後間もない赤ん坊にも見られる特徴でもあり、また吸血コウモリなど人間以外の動物にも見られる(これは「そもそも」に書いたと思う)特性でもある。また、フェアネスを支持するというのは、チンパンジーの行動にも見られる特性だ。だからフェアなシェアリングというのは単なる空想的な理想主義とは言い切れないだろう。社会システムとして真に公正なシェアリングを実装した近代国家は今だみられない(共産主義という夢想はあったし、福祉国家構想もある程度までは成功したこともあったが…)が、ピケティなど格差を解消しようとするスタンスの本が売れているのは行き過ぎた格差をアンフェアだと感じている人が多いからだと思う。市場経済のグローバル化と過度な個人主義の正当化によって一部の企業が国境を越えて国家以上の力を持つようになった結果だということもできるが。

 その後、言語を備えた概念としてのシェアリングが定着したのは古代ローマだと考えられる。共有資源(コモンズ)についてはこの頃に議論の対象となっている。私的所有という概念(特に土地の私有)が高まっていったのは帝国主義の時代を経験した後、18世紀19世紀のヨーロッパ、アメリカにおいてだ。帝国主義時代には、コロンブスたちは、上陸した土地で、私有概念の希薄なネイティブたちのものを次々と奪い取りながら(かれらは共有だと思っているので何でも人に手渡してしまう)、自分たちのものには手を触れさせない、手を触れたら虐殺するという非対称性を示した。ちなみにネイティブアメリカンは今でも土地の私有という概念を受け入れていない。

 その後、産業革命とともにdomesticityという概念が誕生し、私有概念が急速に高まっていくことになる。日本では、江戸時代には長屋があって(今も残ってはいるが)、屋根を共有し、私有概念はもちろんあったものの、必需品の貸し借りはかなり頻繁に行われていた。同じ屋根の下に暮らしているタワーマンションの住民とはまったく異なる「同じ屋根の下」だった。また、この時代には、「かせぎ」以外に「つとめ」を果たすことが義務づけられ、それによって自治を共有していた。つまり、地域の橋や道の修繕作業などは町民がシェアすべき仕事だった。

 近代的資本主義と個人主義が支配力を高めて行くにつれて、個人個人が「もっと浪費し、もっと消費する」文化が広がっていく。もちろんこれは持続可能ではない。現在、環境汚染、地球の温暖化は限界に近づきつつある。たとえば、海洋に投棄された莫大なゴミが太平洋上でゴミ大陸を形成してしまっている。このゴミ大陸は「グレート・パシフィック・ガービジ・パッチ(The Great Pacific Garbage Patch、GEGP)」などと呼ばれているが、『nature』の「Scientific Reports」オンライン版によると、船舶と航空機による調査でゴミの総量は少なくとも7万9000トン、広さは160万平方キロメートルフランスの面積の約3倍と見積もられている。 

 また、2008年のリーマンショックでこのまま経済が成長し続けるわけではないと実感することになる。そのあたりから、シェアリングエコノミーが広がっていくことになった。考えてみると、そもそもインターネットは情報をシェアするものであり、あるいはそのオペレーションシステム自体も(Linuxのように)シェアすることで普及していったわけだから、(マイクロソフトは独占しようとしてきたが… )インターネットとシェアリングエコノミーはもともと親和性が高いもので、ネットによってシェアエコノミーが拡大することになったのは当然の結果だと言える。

 そう考えると、ミレニアム世代(デジタルネイティブ)がシェアリングを抵抗なく受け入れるのは自然なことなのだろう。自分の世代、いや自分だと、腕時計や万年筆はシェアできないなあ。(使うときには身体の一部として機能しているものだから、ほぼ自分の身体のように感じているから、かな)シェアエコノミーは金銭の節約にもなり、捨てる物も減り、環境にもやさしいが、そのような動機では一時的な流行に終わりかねない。しかし、シェアリングエコノミーは一過性の流行ではないだろう。というのは、それを根底で支えているのは、利他的本能、フェアネスの本能、あるいは人との関わり、承認欲求、さらには「孤立」しがちな社会においてメンバーシップへの帰属が得られるという人間として根本的な部分に深く関わるものだからだ。理念先行型の運動というのは、途中で消滅しがちだが、シェアリングエコノミーは、経済的に生活の助けになるだけでなく、本能的に受け入れられるものだという点で持続可能だと思う。

 そもそも、ちょっと考えればわかることだが、私たちはドリルというものがほしいのではなく、穴を開けるということが満たされることを望んでいるわけだ。ドリルというものは共有であっても何の問題もない。DVDも同様で、映像を観るという体験を望んでいるならばレンタルDVDでもよいわけだが、ものを排除したネットフリックスのほうがさらによいということになっていくだろう。「ものからことへ」というのはよく聞かれるフレーズだが、まさに体現されつつあると言える。ちなみに旅行産業でも「こと」体験を売り物とする商品が増えている。

 さらに、単に節約というだけではなく、たとえばカーシェアでは、「今日はBM,明日はキャンピングカー」というような選択によって所有ではなかなか得られない楽しみを得ることもできるようになりつつある。やはり、楽しい、ということが付随してこそ広く受け入れられやすくなるのだろう。
 
 シェアは大きく分けてPSS(所有しなくても利用した分だけお金を払う。カーシェアやコインランドリーなど)、再分配市場(メルカリやスワップドットコムなど、不要品の買い取りや物々交換)共同型ライフスタイル(時間や空間やスキルやマネーの共有、家事代行、シェアハウスなどもここに含まれる)の3つに分かれる。

 再分配市場においては、その信頼性を維持するために上からのルール規制ではなく、メンバーシップによる評価システムが活用されている点に注目したい。リーダーがいたりルールがあったりする上から下への治安維持システムよりも、横につながるネットワークによる維持システムは、これからの組織のありかたを暗示しているように思われる。

 ぼくは特に共同型ライフスタイルに興味がある。ネットフリックスでは映画評が20億件もあるし、アマゾンでも商品レビューは無料でシェアされている、宣伝か否かを見極める必要はあるだろうが、基本的に人の役に立ちたいという気持ちあるいは何らかの承認欲求が働いた結果だろう。つまり、そこには経済的等価交換ではない、贈与、あるいは評価経済というシステムが機能しているのだろう。孤立が進んでしまった(イギリスでは孤独省まで作られた、孤独が健康をむしばみ、国家経済に大きなコストとなっているからだ)現代社会において、シェアエコノミーはつながりを取り戻す手段ともなりうる、という点に注目したい。 

 話は変わるが、「借りの哲学」と言う本を読んだ。ここに書かれている理念はあまりに理想主義的だとは思うが、ともあれ興味深く読めた。乱暴に要約すると、人は「借り」を生まれながらに背負い、「借り」ながら生活している。人それぞれ生まれながらに与えられているものは異なるし、平等であったりはしない。しかし、多く与えられたものは多く社会に返すべきだし、少なくしか与えられていないものにはその個性を発揮できる場を社会が提供すべきだ。そうすることで、共同体のつながりを復活させて行こう、という話だ。とても共感できるのだけど、私有財産の拡大にばかり目が行く現代の風潮にそのようにそういう制度を実装できるのか、と思ってしまう。しかし、考えてみると、シェアリングエコノミーは一つの解決策になりうるのではないかと思う。

 セルフメイドパーソンと自称する個人主義者、特にIT関係、投資関係の金銭的成功者は、無料でネットという新たなインフラを利用している時点で大きな借りがあるわけだし、情報や人間関係についても大いに借りはあるだろうが、それを見ないことにしていることが多い。自分の力で成し遂げたのだ、という誇りは大切なのかもしれないが、大体においていくら努力しても、先人が作ったインフラと社会構造、さらに幸運がなければ、個人の経済的な成功などありえない。社会的に成功した人ほど、大きな借りがあるわけで、それは貸し手くれた相手(不特定過ぎて返しようもない)に返すのではなく、多くの人とシェアすることで社会に、あるいは将来の世代に返していくというような意識が必要なのだろうなあ、と思う。

ぼくたちが生まれ育ってきたこと自体、親や他の人たち、生まれ落ちた環境に「借り」があるわけだけど、個人主義的に「借り」をかえさなければならない、と思うと重荷に感じるだろう。むしろ、貸し借りは世の常だと考え、個人の殻を破っておけば楽になるし、風通しもよくなる。自分にできないことなんて誰にもあるのだからそれは人の力を借りる(お金を払ってアウトソーシングするのではなく)、自分にできることで人にできないことがあれば自分の力を人に貸す、これが常態だと思えば、社会(共同体)はうまく回るのではないか、と思う。もてる力をシェアするというだけのことだが。

 キリスト教圏では、社会的成功者が寄付をするというのは半ば義務づけられている、というのはそういうことなのだろう。oweは「借りがある」という語であり「義務」につながるが、I owe youはIOU(借用書)を意味するが、I owe something to youでは「somethingはあなたのおかげだ」というような「感謝する」意味を表す。 「義務を感じる」というよりは「ありがとう」という方がお互いに気持ちいいだろうなあ。また、own「所有する」はoweを語源とする語である、ということは銘記しておいてもよいだろう。
プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

カテゴリ
月別アーカイブ
Twitter
 
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR