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ツイート集2011年3月~4月

ツイート集(1)2011年3月4月
震災の後からツイッターを始めたのですが、振り返ってみるとなかなか面白かったりもするので、ちょっと拾ってみます。

3月19日
 今までどおりに戻すために努力すべきことと変えなきゃだめなことがある。 変わるべきときに変わらないものは滅びる。変えなきゃいけない部分を自らの基盤としている人ほど「今までどおり」を声高に語っている。

(コメント)半年経ってもまだ経済成長の物語への回帰を夢見ている現実逃避の人間も多い。…変わらない政治家、マスメディア。動き出した一部の市民…

3月20日
 フランスの友人からメール。自責の念で苦しんでしまっている在外邦人が多いそう。一番自責の念を持つべき人は責任を放棄するか他に転嫁し、こんな時代にしてしまった私たちは自責の念を感じないように鈍感に飼いならされ、自責の念を持つ必要のない人たちが自責の念で苦しんでいる。苦しまないでいいよ。

(コメント)「死の町」と被災地を形容した反原発派の大臣は、辞任に追い込まれた。「死の町」にした原発によって利権を得ている人たちに…

3月25日
 ネコ語と犬語できる人 避難指示だしてくれないかなあ。水飲んだり雨にあたったりすると小さな体じゃいきなり被曝する。

(コメント)ペットを救助する人たちが活動してくれるようになってよかったなあ。被災直後には、まずは人間、が当然だったか…

3月26日
 「今、できること」ってCM繰り返してるのは判断停止を促してるように思えてくる。自己正当化できる免罪符やるから行動するな、と。節電してればそれでいいんだよ、か?

(コメント)今や、政府が「市民にはガイガーカウンター使わせるな」と市民自らの防衛措置も禁じようとしている。安全発表もしばしば変更しながら…黙って政府の発表を受け入れて、死んでいく市民こそ良い国民なのか…
3月26日
石原慎太郎氏、「私は原発推進論者です」と福島で明言。

(コメント)この人、「天罰」発言に続いて、そのあと、日本を軍事国家にするとか言ってた。すごい親子だ(子どもは原発反対デモを行う国を「集団ヒステリー」と言っていたし、9・11は「歴史の必然」と言っていた、真偽はともかく言っちゃいけないこともあるだろう。しかし失言で辞任に追い込まれる人と何の責任も問われない人と、そこに、この国の権力のあり場所が見て取れる)

3月28日
かなり滅入ってきたので昨日偶然友人に勧めたグレングールドのモーツアルトを久しぶりに聴いた。無邪気にしかし計算されつくされたタッチで鍵盤をたたき見事なペダルで音を跳ねさせ軽やかに空を浮遊すると、時にはしっかり重く地に下りてくる。痛快な笑いのエネルギー。頭がすっとした。さて、現実へ。

(コメント)世界は音楽だ(吉増剛造)

3月28日
批判も擁護も、賛成も反対も立場を決めてしまうと、安易な思考停止につながりかねない。今、思考し続け、揺れ動き打ち震えつつ新たなものの胎動を促そうとあがいている。はっきりしろと批判されても、そうはいくものかと両者の間で居留まるのには強靭さも必要だ。中途半端と見下されても。

(コメント)原発推進派も反対派も、人を敵と味方に色分けしたがる。対立項でしか考えられないのは貧困な知性だというのに…

3月29日
以下への返信
昔、たくさんのこどもたちを前に恥ずかしげもなく夢について語る大人がいて、こっそりと泣いている自分がいた。いま、少ないけどもこどもたちの前で恥ずかしながらも夢について語る自分がいて、ちょっと自分が好きになった。

(返信)
あのお、恥ずかしげもなく言ったんじゃないんだけど・・・今の自分のブログのような文体で切羽詰まった不安な子供たちに話しても通じないから・・・いつも生徒の前で話すとき恥ずかしいと思っています。なんだか立派な卒業生を発見してうれしく思います。

3月30日
民主主義である以上、政治については有権者はみな何らかの責任を担っている。政府に向ける批判の刃のいくらかは自分に向けられるべきものだ。当たり前のことながら忘れがちなこと。批判する心地よさに酔わないことだ。

(コメント)原発反対さえ唱えていれば正当化されるといった風潮さえ出始めたこの頃…雑魚は群れたがる…

3月31日
以下への返信
今年度、生でこれスタを受けていたものですが、英語の偏差値が20伸びました!今年2浪目に入りますが英語に関してお礼を言いたかったです。ありがとうございました。夢を、頂きました。

(返信)夢を現実の中に位置づけよう。まだやれることはある。学力が上がった自分には新しい自信をもってほしい。

(コメント)なでしこジャパン優勝のあとにも「夢をもらった」とかいう感想がやたら多かったが、受け取った夢や勇気を自分の現実の中に位置づけなければどうしようもないのだ。
現実に向き合って頑張ってほしい。

3月31日
市場原理主義の中で、合理化の名目のもとに、無駄だとして切り捨てられたこと、もの、ひと、が地の割れ目から噴出してきた。切り捨ててはいけなかった手間、人の感情、人のつながりの数々が今、目の前にある。 今、これらを重要な要素として、新しい価値観の形成へ。

(コメント)何も3月11日ですべてが変わったわけではないが、今が時代の転換期ではあるだろうと思う。経済成長なき安定へ…

4月1日
世界各地から救援物資が届いて日本人は感動した。We are not alone.(alone=他と切り離されて)それを聞いて、素直でない英語教師はつぶやいた。Are they alone? (theyはたとえばサハラ以南の子供たち。エイズ孤児1900万人。)

(コメント)想像力をどこまで広げて当事者性を持てるか?

4月1日
生徒の前に立つ自信がないという塾講師への返信

私は今でも怖いです。もっと言うと生徒の前で授業するのもこわいです。まだまだ英語も勉強不足だといつも思いつつ授業しています。つよがっちゃったりしますけどね。でも失うものってたかだか自分のプライドくらいですよね。あとせいぜい社会的立場。学生なら後者はないし・・・

発言は恐ろしくないかという同君への返信

私も自分の考えがしっかりするまで発言を控えようと思っていたが、批判され修正し、発言しまた批判され、痛みを伴いながらも考えを深化させていくという過程もいいのではないかと、今は思っている。考えが深まるのを他人にも手伝ってもらえるし・・どうしろとはいいませんが。

(コメント)ツイッター始めてよかったのは、きちんと批判されることがあることです。

4月3日
二つの事象が同時に起こっているからといって、そこに因果関係があるとは限らないのは、知性が多少なりともあれば誰でもわかること。そこに短絡的に因果関係を作り出すのは知性の放棄であり(もしあったなら・・・)とても危険な煽動となりかねない。たとえば、二酸化炭素と温暖化、道徳的退廃と天災。

(コメント)因果関係は常に複雑な力の諸関係であることを忘れてはいけない。

4月4日
何もできない悔しさを抱えている大人未満の学生に。「今できること」をすることに安住せず、「できないこと」までやろうとあがかず、「できること」を拡大すべく、自分の知識を世界に関係づけるような学問をし、世界内存在としての自分の価値を高めよう。今行動できる人だけが偉いのではない。焦るな

(コメント)被災地の救援活動に行かないことに自責の念を感じている学生が多かったので… その後、きちんと考えもしないで、デモに参加して何かをした気になっている愚かな受験生もいた。目の前の勉強に専念しろ、と言いたい。

4月6日
「何が贅沢かといえば、まず福祉」有名な言葉ですね。言ったのは誰でしょう?答え「もう新旧交代の時期じゃありませんか、美濃部さんのように前頭葉の退化した六十、七十の老人に政治を任せる時代は終わったんじゃないですか」と言った現在78歳の人です。東京都民の答えがもうすぐでます。

(コメント)しかし現知事は強かった…

4月8日
「本当に西きょうじ先生ですか」への返信

TLみてブログ読んで君が私でないと思うならば、それは私ではないのだろう。

(コメント)こうとしか言いようがないよね

4月8日
春、ようやく動き出した昆虫があっという間に鳥に食べられる。生は常に一瞬後の死というリスクを孕んでいる。それから目を背けるために、一瞬後の生を確実視するために、様々な技術が進歩してきた。それとともに、リスクへの感受性が鈍感になってきた。一瞬後の死の可能性を直視しつつ今と向き合うこと。

(コメント)昔から言われてきたことだが、のどかな春の日にぬるい自分を戒めてみた。

4月9日
J.F.Kの演説を言い換えた新入生祝辞や入社式が多かったようです。国があなたのために何ができるかではなく、あなたが国のために何ができるかを問え、と。しかし、まずは「隣の人のために何ができるか」そして「隣の人」を広げることからだろう。大上段に構えた言葉はかっこいいが空疎だ。

(コメント)その空疎な言葉のほうが、若者受けするらしい。当たり前のことが大切なんだがなあ…

4月9日
以下への返信 
くるしいと言ってた人に今日の明け方電話をしたら、「安原さんの声は安心しますね」と言われた。今の心境だといつもよりすごく、うれしかった。

(返信)
与える行為は常に受け取る行為となる。子供の世話と子供の笑顔、小さな親切と感謝の言葉、受け取るものの方が大きい。義捐金額の公表で得られる名声、宣伝効果。もちろん社会への大きなプラスの影響は素晴らしいが・・・私は人の笑顔と小さな自己満足で十分だ。

(コメント)地味な人間だなあ…
(続き)
もちろん大きな構想力と小さくとも確実な実践力の両方が必要で、前者は時間をかけて勉強し思考を深め自分の言葉で借り物ではない構想力を作り上げていくこと、後者は「隣人」への具体的行為から「隣人」をどこまで広げていけるか想像力を鍛えること、っていうことです。

(コメント)いわずもがな、だった。

4月12日
教養は本やネットから得られるものではなく、読書という行為ー建築、演奏、料理でも同じことだがーその行為への対し方の積み重ね、そしてそれをより大きな関係性に位置付け続けることから生まれるもので、行動のバックボーンに必要なものと思う。教養主義ではなく行動のための教養へ。道は遠いが。

(コメント)まだまだ道は遠い…

4月13日
昨日は山種美術館に行った後東京泊。ジャケットに桜の花びらがたくさんくっついてたのを風呂に浮かべた。手の平ですくおうとすると最後にスルッと逃れていく。猫と犬の水の飲み方の違いを思い出し、猫の舌のごとく手の平を動かし花びらをすくおうとしてたら、のぼせて、フラフラになった。猫えらし!

(コメント)後から振り返ると、アホじゃ。

4月13日
毛ガニをもらったとき近所のおばあさんにお裾分けに持っていくとカニをチラッと見て俺の顔も見ずに、タワシは間に合っとると言った。反応できずにいると あ、西さんかえ、カニ好きだにと言って台所に持っていきもう戻って来なかった。

(コメント)田舎にいると近所のおばあさんとよく話をするが、そのぶっ飛び方は常に想定外

4月18日
君子、和して同ぜず、小人、同じて和せず。(論語)君子は調和を重んじるが、人の意見に流されない。つまらぬ人間は人の意見に左右されるが調和ははかれない。同じれば漠然と正当化され、逆に他者を切り離した脆弱な自己中心も居心地はよいが、人の意見との対立を骨身に感じつつ調和を目指したい。

(コメント)論語は時に読み返すべし。ただし、言葉の抜粋本のようなものではなく…中国では今「論語」を教えることが再び広がっているようです。「人知らず、而して怒らず」「黙してこれを識し、学んで厭かず。人を教えて倦まず」(黙って知識を頭に刻み、学んで飽きることなく、人に教えることを惰性でしない。」これは教師に大切なこと。「道に聴いて道に説くは徳を之棄つるなり」(道という漢字がでない)(人から教わったばかりのことを自分で理解もしていないのに行く先々で語るのでは徳は身に付かず棄ててしまうようなものである) ネットで得た知識を得々と語るものたちへの教訓。

4月24日
独自に被災者に現金を配った二人組に対して、それを知った現金が配られなかった被災者が、「不公平だ」と市に訴える電話をかける。被災者を常にかばうのがメディアだが、それを訴える被災者たちの感覚は恐ろしいと思う。こういう一般的な今の日本人の価値観が変わらなければだめなんだろうなと思う。

これへのリプライ
はじめまして。私も当事者ならば電話まではせずとも「不公平だ」と考えてしまうかもしれません。自分が恵まれてないときに自分より恵まれている人を見るとモヤモヤが生まれます。これは日本人だからでしょうか。人間だからでしょうか。考える機会を得ました。

(返信)
人間てそういうものかもしれないが、日本人はそれを過剰に主張することなく、節度、自己抑制、他人への配慮といった価値観に基づいて「それも運」くらいに考えてきたのではないかと思う。「平等」への過剰な要求は私には正当なものだとは思えない。

(コメント)公平とか平等とかは土台から考える必要があることなのだろうなあ。京都学派、西田哲学を読みなおしてもよい時期なのかもしれない。「善の研究」

4月24日
以下への返信
前々からですが、何か言葉にできない大事な価値観を日本人は日々失いつつあると思います。視野が狭くなっているためだと思います。

(返信)視野が狭くなっているためではないと思う。戦後方向性を決めて(決められて)しまったことから始まっていると思う。そして今新たな戦後が来た、と思っている。今こそ、と思うが・・・・難しいね

(コメント)それって、視野が狭くなっている、ってことじゃん。

4月24日
以下への返信
松本市に住みながら先生のサテライト授業を受講していました。お会いしたことはありませんが、先生が教えてくれた色々なことは今でも私の人生の行動規範となっています。いまは東京で独り暮らししていますが、長野はいいところだなぁと常々感じています。

(返信)私も自分が生徒にえらそうに言うことを自分の行動規範としています。人に言ってしまったら自分がちゃんとしないわけにはいかないしね。自由が放縦となってしまいがちな時代にはなんらかの規範が必要ですから。昔は「自由」という言葉の響きだけで全肯定していたが。

(コメント)「自由」というだけで戦い取るぞというヒロイズムがあった幼き頃…

4月25日
月曜日はお休みで朝からずっとフランクザッパ聴いてたらフラフラしてきた。しかし理由もなく今日はザッパの日と決めたので、1枚だけaphextwinをはさんで、クラシックやジャズのザッパに移る。そういえばザッパウイークとして一週間くらい70年からずっと年代順に聴き続けたこともあった。

(コメント)ザッパで反応した若者がいたのに驚いた。ついでにダモ鈴木まで知っている若者もいてさらに驚いた。

4月27日
「私は常に自分自身と戦争状態にある」(APPRENDRE A VIVRE ENFIN「生きることを学ぶ、終に」)ジャック・デリダの遺稿、久しぶりに読み直した。フランス語忘れまくっている。生徒が英単語を覚える以上にはフランス語の単語覚えなおそう。鵜飼哲さんの訳うまいなあ。

(コメント)死を目の前にしたらデリダでさえこんなにシンプルに語るのか、と感動。しかしフランス語すっかり忘れている。薄い本なのに延々と時間がかかった。

4月27日
学生時代は外に発言したり行動したりもできるが、むしろ外からの働きかけを遮断してじっとこもって勉強したり音楽を聴いたり瞑想したり、自分を深めることができるという贅沢を味わえる時代だ。大学生と話していてとても羨ましくなった。学生がツイッターでちまちまつぶやくのはもったいないなあ。

(コメント)音楽や読書も外からの働きかけではある…

4月27日
思考なきまま浅いことをつぶやいていると、そのまま自己形成されていきそうな怖さを感じないのだろうか、ツイッターでツイッター批判するな、って!ふと思ったことをつぶやかずに深化させるとよいのに・・・お前もな!ってか。そうかも。バカは伝染性の病なのでバカが群れるところにはバカ菌が漂う。

(コメント)習慣化した言語は自己を形成する。言霊をなめてはいけない。しかしそれをツイートしてどうする?…

4月28日
薦められたJAM聴いたあとで、アートブレイキーが1961年に来日した時のアルバムを久しぶりに出してきてA Night in Tunisia聴いたが、エネルギー値が違う気がする。丈青君の問題じゃなく時代そのもののもっていた熱さなのだろうけど。

(コメント)昔はよかった、ってか? 歳をとったか、西きょうじ!


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プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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