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ツイート集2011年12月

3日
風呂でお湯に浸かって手のひらを下に向けて腕を前にのばして沈める。力を抜くと浮力で腕が水面まで上がってくる、空中に持ち上げて力を抜くとお湯に落下する。また沈めると浮力で腕が水面まで上がってくる、その上がってくるときの感覚が楽しい。そろそろ、講演会いかなきゃ。

(コメント)講演会当日の朝、こんなことしていました。

4日
言動激しく夢想家なのに設計図の筆致が均一的な筆圧の黒川紀章、その建築の中に入ると優しさを感じる。他方、強い意思力でせまる不均等な筆圧の安藤忠雄、好みはわかれるところだが黒川に惹かれる私は銀座のカプセルタワーを見に行った。

(コメント)メタボリズム展に行った日のツイートです。

8日
次のコメントへのリプライ
先日の講演ありがとうございました。力を抜き、一度すべてを受け入れることでいつもより笑顔が増えました。不器用ながら、感じ、考える生活を送っていきたいと思います。
今の時代、笑顔は最大の武器となりうる。何も戦わなくてもいいのだけどね。SMILE! 

(コメント)東京にいるとなんだか笑顔に出くわすことが少ない気がする。.

10日
「鳥は星型の庭に降りる」武満徹、オールソップ指揮。今ようやく鳥(オーボエ)が星型の庭に降りるというのが体感できた。小沢さんの西洋的指揮だと星型の庭はかっちりしているのだけど、鷲がバサッと舞い降りてしまう。雅楽の音階がベースになって生まれる繊細さに日本の庭の映像が浮かぶ視覚的音楽。

(コメント)視覚的な音楽というのは確かに存在する。逆にカンディンスキーの絵は音楽そのものだが。

16日
ボランティアをやってる学生が、友人に、お前のしてることは自己満にすぎないと言われた、と言うので、自己満足こそ大切だと教えた。対象が少なくても他人が喜ぶことをして満足が得られるなら最高!他者批判で自己満足を得ようとする姿勢こそ批判されるべきものだ。彼は安心して帰って行った。めでたし。

今のツイッターのやり取りで昔の生徒との会話を思い出した。合格報告に来た生徒が「先生、生き方間違えてます」「へー?」「先生は予備校にいちゃダメです」「君の合格は?」彼は熱く語り、それを聞いた私は「間違えちゃったなあ。で、間違えてちゃダメかな?」と言ってそのまま飲みに連れていったことがあった。

(コメント)たぶん生き方を間違えているのだろうなあ。しかし正解じゃなくてもいいんじゃないかな。これはこれで楽しいし。

19日
忘年会っすか?私は酒を飲んで騒いで嫌なことを忘れよう、なんざ、せこい料簡で生きていないんで遠慮します。大体、酒に失礼です。私は、失敗もいやなこともきちんと昇華して生きてまいります。えっ、ただの年末の飲み会、っていうことですか?ならば、喜んで… とか言っていると友達が減る…それもよし。

(コメント)飲む前に酔っているようなやつだ。しかしどうも飲みでつるむというのは気に食わない。素面できちんと人と話せない人もいるのは残念だし、。酔って、くだらぬ本音とやらをダラダラ話して共感を求めるやつには、腐った本音を垂れ流すのではなく、きちんと建前を構築しろと言いたい。理想を描く建前から本音を作り直せ、と。しかし酒の席ではそうも言えない。

25日
受験生には知識を整理しろというが、目的が限定的でないならば整理整頓などしないほうがいい。整理術などセコイものを学ぶな。様々な本のページを開きっ放しで散らかしておくと思わぬアイデアが浮かぶことも多い。年末、部屋がカオスと化しているのを自己正当化するカオスおとこ。たまには整理も必要か?

いや、理性が思考を妨げるのと同様に、整理整頓は思考の流れを遮断する。年末、カオスの部屋でよし!カオスで新年を迎えよう。

(コメント)部屋を整理するのと知識を整理するのはちがうよね。しかし、いろいろな本を部屋中に広げてぼんやり眺めているとふと思いつくことがあったりして楽しいとはいえる。建築の本と楽譜と哲学書と鳥の写真集とファッションデザイナーの写真集を同時に眺めているうちにがふとつながったりすると妙な快感が生じる。

30日
今年最後の講義で、別に大学に落ちても死ぬわけじゃない、と言ったら変な顔をされた。何かをしてはいけないとか、どうかなったらいけないとか、思いすぎると往々にして、その穴に落ちるものである。やってダメならば引き返せばいい。もう戻れないと思い込んでいても意外にリセットできるものだ。

(コメント)恐れや緊張が失敗の原因になることは多い。ケアレスミスをしてはいけない、と過剰に意識するとむしろケアレスミスは増えるものなのだ。大げさに構えてストレスを大きくすると力が発揮できなくなることが多い。

31日
昔のファッション通信をまとめて見ていて山口小夜子ストーリーに感動。感受されたものが、彼女の身体を通して現前し、内化されたものを表現する手段が生成されていく。最後のアクティビティ蒙古斑革命、今の自分に共鳴する。

(コメント)和服を前後逆に着てみた山口さんは美しかった。あとはアレクサンダーマックイーンの追悼は何度も見た。写真集もすべて買った。彼の自殺はショックだった。ひとつの時代が突如ぶち切られたような…
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ツイート集2011年11月

1日
個人にとって時間は均質に流れているわけではない。今が大切というときにそれを見逃してしまうと、あとで同じことができるにしても、数倍の時間と努力が必要になる。社会に対してであれ、自己に対してであれ、今だ、と思ったら他のあらゆることを犠牲にしてでも今せねばならぬのだろう。今だ、と思えれば…

(コメント)ものにはタイミングがあり、それを逃すとなかなか実行できないものなのです。

3日
今日は所用で東京にいるのだが、住宅街を歩いていると、「犬の一人歩きはいけません」という看板があった。趣旨は通じるのだけどなんだかおかしかった。看板を読んだ一人歩きの犬が「一人歩きは行かんのか」と納得して家に帰っていく映像が浮かんでしばらく笑い続けていた。

(コメント)時々ふと見かけるこういう看板が笑える。「危険!暴力団事務所あり」という大きい看板も妙に笑えた。

4日
今日は鈴木悠平君とその友人と食事。食事後、彼がコンビニで財布を無くした。大慌てしたが、結局届けてくれた人がいて無事一件落着。結局は人の善意を感じられてよりよい日となった。彼がなくしたお金は一緒にいた彼の友人にそっと渡していたのだが、出てきたので「人のために使え」ということにした。日本!

(コメント)「日本」っていうのが唐突だが、そういう気持ちだったのだろう。そのあとの誰かへのリプライでこう言っている。やっぱりこの国を何とか守りたいと思う。非力ながら…こんなことアメリカじゃなかなか起こり得ないよ。

6日
変化していく時代の中で安定するには、自ら変化するしかない。変化できる力を持つしかないのだ。流動的であろうとする力はとても大切だ。

(コメント)これに対してどうすれば変化できますか、と聞いてきたのでリプライ
それは人に聞くことではない。その行為自体が変化を拒んでいるともいえる。

(コメント)今考えると不親切だったかもしれない。しかし自分で考えるべき問題は自分で考えるしかないのだ。

7日
遊びとは「好きなことをやること」と辞書に書いてあったと記憶している。もっと遊ぼう。「好きなこと」の質を高めるためにも。

(コメント)あなたは遊び過ぎです。

12日
がんばれ、といってうなづくのはいつも既に頑張っている人。難しい問題だ。

(コメント)メッセージは常に伝えたい人には伝わらない。

13日
なんとTVドラマを見た。昔懐かし妖怪人間ベム。小世界に籠らず(籠ることを許されず)外部と恐る恐るつながっていく妖怪と、世界に自分の居場所がないと思いこむ人間と、居場所があるはずなのに外部に引きずりだされる人間が、一時的コミュニケートを通じて変化の兆しを見せていく。極めて現代的だ。

(コメント)これは居場所についてのドラマだった。世の中に居場所がないと思い、乾いてしまっている人が内面を解放するきっかけを与えられて暴発して犯罪に走る。人間世界からはみ出してしまっていながらも人間世界の中に居場所を求めようとする妖怪人間と彼らの遭遇。そこに人間的つながりが生まれる。

また、しっかりと居場所を確保しているはずの人は妖怪人間と接触することで自らの居場所に安住し続けられなくなっていく。だれにとっても安住できる居場所はない。しかしそれぞれの渇望はそれぞれ変化しながら互いに補い合うことが可能なのかもしれない、ということを暗示するドラマだった。子どもの頃に見た「妖怪人間ベム」は初めのシーンしか覚えていないが、多分こういう話ではなかったと思う。極めて現代的なテーマと向き合ったドラマだと思った。

13日
すべてを相対化するのは明らかに間違っていると思うが、もはや絶対を求めるよりは複数のアイデンティティを持てるようにするほうが生きやすいのではないか。

(コメント)複数のコミュニティへの帰属、複数のアイデンティティーは今の時代に必要となるのではないかと思う。どこにも帰属しない、というありかたは格好いいが、実際にはかなり少数派の力ある人に成しえないことだと思う。

14日
昨日見た「妖怪人間ベム」が頭に残り、人の顔を見ながら、この人が今、叫びながら妖怪人間に変身したらその現実とその妖怪を私は受け入れるだろうか、拒否して殺そうとするだろうか、と考えていると、ひょっとして自分が変身しちゃうんじゃないか、と不安になってきた。やっぱりテレビはいかんなあ。

(コメント)かなり妖怪人間が強烈だったようだ。

14日
大切な人のことを大切だと実感する瞬間、それを自覚しない時間の幸せがわかる。実感したから幸せじゃなくなるわけじゃないけどね。

(コメント)幸せなやつだ。

16日
「オタクをばかにするな」というコメントが突如とどいてリプライ

「馬鹿に」「する」という行為は、対象が「馬鹿」でないことを前提とする。一般的なことをつぶやいてみた。

(コメント)あとで見てみるとこの人は「オタクをバカにするな」というメッセージをたくさんの人に送っていた。それに返答している人はなかった。しかしこの会話は意外な進行をすることとなる。

彼「僕はばかじゃない」
私「じゃあオタクの殻を少し破ってみよう」
彼「どうやって」
私「宇野常寛の「ゼロ年代の想像力」を読んでごらん。最早閉じこもることはできないのだとわかると思うよ。」
ここで驚きの反応
彼「わかった。\(+×+)/ ありがとう~☆」
これでなんだか私も笑顔になってしまった。
私「 「ありがとう~」と素直に言われてとてもうれしかった。こちらこそありがとう。頑張って本読んでみてね。エバのこととか取り上げて時代分析している本だしね。」

20日
名古屋に向かう新幹線。富士山が美しい。何故だかはっきりわからないが、富士山は特別な山だと感じる。

21日
仕事中、窓から見える木をリスが走り回っている。木の実を集めて埋めているようだ。その場所わすれないようにね。

22日
伝えたいのに伝える言葉がないのか、言葉は溢れるが伝える内容がないのか。しかし、それ以前に世界が伝えてくることを全身で受け取っているのかが大切だ。思考は対象と向きあいその声を聴きとることから始まる。対人関係においても、言葉を発さないでも気持ちよく場を共有できることが言葉に先行する。

26日
人を手段として扱ってはいけない。そんな当たり前のことに気付かなくなる鈍感さは、余裕のなさから生じるのか?現代社会の中で市場原理主義はそれを正当化してみせるが…「合理的な愚か者」が多過ぎる。

27日
理性的すぎてむしろ思考が活性化していない人へのリプライ
理性と思考は対立するものであり、君はときに理性にからめとられながら思考しようとするから、無理が生じる。からだが思考、生成と流動を命じるときには、理性という禁止命令を同居させてはいけない。

(コメント)理性はしばしばブレーキの働きをする。思考は常に動的なものだ。だから時として対立が生じるのだが、場合によっては理性を保留して思考のダイナミズムを優先したほうがよいのだろう。もちろん理性を失うととても危険なことになるのだが…

ツイート集2011年10月

2日
今年は栗が当たり年のようでどんどん落ちてくる。夜はうるさいくらい。いつか散歩の途中頭に直撃してめちゃめちゃ痛かった。火花が散った。今日は帽子をかぶって散歩しよう。

(コメント)しかもその栗はあたまに刺さってしまって取ろうとしたら手にとげが刺さり、仕方がないからそのまま、栗を頭に指したまま散歩した。帰ってから栗をとったらえらく血が出ていた。間抜けな散歩姿だ。

初志貫徹にはgrit(根性)こそが最重要。"Grit:perseverance and passion for long term goals" (ダックワース他) 当たり前のことも研究者に提示されると説得力がある。半端な賢さは常にマイナスになるもののようだ。

さらにmindsetも紹介したあと、
実際に成績のいい子のほうが、難問に立ち向かって耐えられる時間が短く、かつ、次に同レベルの問題に直面しても成績の向上はなかったが、努力を誉められた子どもは粘り強く立ち向かい、次に同レベルの問題には成績が向上したという。(ドゥエック:Mindset) 

3日
オクスフォードに留学した卒業生からメール。日本人以外の院生の留学生の英語力の高さに圧倒された。日本人の国際感覚の欠如。Phdへの道の険しさを実感。今年クリアーできないと次がないという不安の中で一瞬一瞬自分が試されていく。社会性ある彼が周囲との夕食も新歓も断りすべて勉強に費やす。そのことが新たな自分を形成すると信じつつ不安の中でひたすらに机に向かう。様々な学生と話し込むチャンスを惜しいと思いつつも今は目の前のことだけにすべてを賭ける。息抜きもままならぬままひたすら走る。大学受験生たちにはこのような覚悟がないと思う。平気で5分、30分を無駄にする。

(コメント)真面目すぎる返信に対するリプライ
「真面目すぎる宇宙飛行士は事故を起こしやすい。ギリギリの人にはリラックスの仕方を教え、緩んだ人には締めろと言うのだが、緩んだやつほど更に緩めようとする。」
心のありかたをどうセットするかが効率に直接的にかかわるのです。

5日
ニーチェにはまりながらも論語を暗唱していた中学時代、「大人になればわかる」というセリフに強烈な欺瞞を感じて激怒していたが、今ならわかる。確かに大人にならなきゃわからないことはある。人の言葉が理解できないのは自分が未熟なせいであり、今頑張っても理解できず、成熟を待つより他ない。

(コメント)共感してくれた人へのリプライ
子どものときに聴いていた言葉や音楽やなじんでいたはずの絵が突然違うものに思える瞬間は楽しい。向こうから勝手に来てくれる瞬間。しかし閉ざしてしまう者にはこういう瞬間は訪れないのかもしれない。

6日
ショウリョウバッタが牛に向かってキチキチいって突っ掛かっていっても牛はモウーと知らん顔。牛えらし。勿論 行動を選択しているわけではないが…

8日
「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」(マルティン・ニーメラー)は今また話題にするべき時かもしれない。When they came for me, and there was no one left to speak out for me.で終わる詩。今、黙っていることは…

(コメント)この説教は非常に有名でいくつかの訳バージョンがありますが、ナチスの行いに対して異議を感じながらも黙って見ていたら、自分たちが攻撃される段階になったが、その時にはもはやどうしようもなくなっていた、というような内容です。行動すべき時に行動を、異議を唱えるべき時に異議を唱えなければ、いよいよ危機がわが身に迫ったことに気づく時では手遅れなのだ、というのは今の日本に当てはまるのではないかと思う。

9日
震災で倒れたのではなく既に倒れていたことを震災によって気付かされたのだというのに、まだ自分の周囲が倒れていることに気付かぬ人や既に倒れていた状態への執着を叫ぶものさえ多い。ちょっと焦る。

(コメント)先のツイートへのリプライへの返信です。私は現在、価値観の転換期にあるという認識です。それは震災が起きたからではなくそういう時期に震災が来てはっきりと目に見える形で実感されたはずだと思うのですが、まだ、震災前の状況への回帰を目指して「復興」「経済再生」を唱える人が多いようです。

10日
J.S,ミル「満足した豚よりは、満足しない人間である方がよい。満足した馬鹿より、満足しないソクラテスである方がよい」 ジョブズが亡くなってからstay hungry, stay foolishという言葉について考えている。stay以前にそもそもhungryを失っていないかどうか。

(コメント)飽食への反省を述べたリプライへのリプライ
しかし反省するのは、反省する自己の正当化になりはてることも多い。反省する、という言葉の持つ甘美な誘惑はあるが、「反省した」と頻繁に言う奴ほど同じ失敗を繰り返す傾向がある。

子どもの体力テスト、普段運動しているか否かで大きな格差。どの分野でも、そもそもの素質よりは普段からの積み重ねが差を生むのだなあ。体力のない子どもたちには不安を感じる。言語力のない学生にも。普段からどういう会話をしているかが大きな格差を生むのだろう。そういえば、大人も…

(コメント)
日々の言語や生活態度が自己を形成していくのだということです。概念によって自己形成などできるものではありません。日々の生活態度が大切、毎日背筋を伸ばして生活しよう。

言葉は発話者と受話者の関係が大切。ジョブズの言葉もほとんどすべては先人の言葉(例えばガンジー「明日死ぬかのように生きろ、永遠に生きるかのように学べ」)に言いつくされているのだが、彼が言うと今の人には響く。そもそも受話者が無知なのかもしれぬが、発言者の存在が普通の言葉に力を与える。

15日
うちのあたりでは、「赤い羽根共同募金」は町内会(隣組といいます)で徴収し、募金額も1人千円と決まっています。どうも不思議なのだけど自分が班長さんになって集めるときもあるので、「御苦労さま」と千円払います。みなそうです。何かがおかしいと思うのですが、田舎では黙っているのです。

(コメント)田舎と都会についてのリプライへのリプライ
しかし田舎の壁は厚い。引っ越してきてこの地で子ども育てた35年定住者が移住組と言われていまだに差別されるのが軽井沢という田舎なのです。私など移住20年弱では引っ越して来たばかりの癖に、と言われます。

19日
あらゆる受動性を失った思考はしなやかさを失い硬化し やがては我執と化す。自らに水分を与えてくれるものを拒んではいけない。勿論自ら水分を与えることも。しなやかな思考へ。

20日
アリの生態。空中で交尾する蟻は空中には捕食者がいるのでできるかぎり空中にいる時間を減らしたい。そこで、メスはオスが交尾器をつなぐといきなりオスの腹を噛みきって地上に降りる。それで生殖は危険を最小にして成功する。挿入した途端に腹を噛み切られるのはやや困る。

カマキリのオスは交尾中頭を食われることもあるし、アンコウのオスはメスのからだの部品化している。長谷川真理子さんの本にはそういう例が多く出ている。あるハエは精子とともにメスの体に毒を送る、死が近くなったメスは産卵に全力をあげる。

しかしやっぱりすごいのはアメイロアリ。敵陣に入る時に敵の頭を食いちぎってその頭の部分が前に向くようにくわえて仲間にみせかけて敵陣に侵入する。この仮面戦略の映像見てみたいなあ。見られるHPなど知っていれば教えてください。

「働かないアリに意義がある」や「生物学的文明論」(本川達雄)も面白いよ。そこから利他、共生に向かうとさらに現代社会に迫れる。

(コメント)動物のことを話し出すと止まらなくなる。読むべき書物は自然なり。

28日
「このひどい時代の最中、どこに目を向けて良いのかわからなくなっています。」へのリプライ
自分で考えるべき問題は自分で考えるしかない。 私も自分に自信なんかないよ。でも戦わなきゃいけないこともある。自信がついてから、なんて思っていたら一生何もできない。「明日は少しはマシになれる」ことへの自信があればそれで戦えるのさ。

(コメント)「いつか力をつけてから」と学生はよく言う。それが正しいこともあるが、それを待っていることが行動しないことへの免罪符となっていることもある。考えてから走るより、走りながら考えるほうが楽しいはずだ。

ツイート集2011年9月

2日
「自由からの逃走」(フロム)を薦める人がいるから30年ぶりに読んでみた。「情報だけでは情報のないのと同じように思考にとっては有害になる」「個人は混とんとして多くのデータに囲まれながら無力をかこち、専門家が何をなすべきかどこへ行くべきか見つけだすまで哀れな忍耐心で待ち続けている」 なるほど。

(コメント)意外にも、この本は今の時代に親和性がある。「大衆の反逆」(オルテガ)の大衆像も今更ながらソーシャルネットワークの中にいるものたちと呼応するものがある。1930年の本ですが、少し抜粋してみましょう。

まず、「大衆」を「自らを評価しようとせず、みなと同じだと感ずることに安心する人々」と規定しています。大衆自体が悪いのではなく、大衆が「完全な社会的権力の座に上ったこと」のが社会をゆがめる原因となっていると言います。その大衆の特権は「自らを棚に上げて言動に参加できること」にあると述べています。ツイッター上で起こっていることと妙に呼応します。ただし彼のいう「大衆」に対抗する「エリート」という構図は現代にはあたらないでしょう。

この点で現代の民主主義の機能不全の原因をエリートの大衆化に求めたのがクリストファーラッシュの「エリートの反逆」と言う本です。

マスメディアから垂れ流される情報によって大衆は議論する能力を奪われてきたが、それに拮抗すべき存在であったエリートが経済のグローバル化に踊らされ、ノーブレス・オブリージュ(高い地位にいるものが果たすべき義務)をかなぐり捨てて自己利益に走っている現状を痛烈に批判しています。大衆とエリートという対立項の構図は今や存在しないのでしょう。「エリートだから」ではなく、それぞれの個人が自分の果たすべき社会的責任を自覚するようにするにはどうするか、を考えなければいけないのでしょう。

3日
(空海展の感想に対するリプライ)
曼荼羅はこちらの存在をぐらつかせる。実際にあの前に行くと自分の足元があやうくなる。しかし今回は書、聾瞽指帰を読みながら(読めない部分が多々あるのが悔しいが)書体が変化していくのと呼応すると、壮大なストーリーが書体を選んでいるように感じ、最後の数行は圧巻。

(コメント)空海の突き抜けかたはすごすぎる。ただただ呆然とするのみ。後日、道を歩いていたら突如目の前に曼荼羅が大きく浮かび上がって怖かった。

3日
ぬるい受験生へ!他の人はスルーしてください。ツイッター時間を制約すると言った君、ネットで時間をつぶさないと言った君、テレビは最小限にと言った君、日々精一杯過ごすと誓った君、「必死」でやりますと言いながら命を削るどころか言い訳を探している君、あと5カ月で後悔なく受験を終われるのか?

(コメント)言葉だけの者が多すぎる。覚悟の決め方ができてない、というコメントです。

(政治はだめだ、という批判へのリプライ)
「政治を軽蔑するものは、軽蔑すべき政治しか持つことが出来ない」 (トーマス・マン)から真剣に批判し、「性急の故に我々は樂園から追出され、怠惰の故に我々はそこへ歸ることができぬ」(カフカ)から機を待つことにしよう。

(9月で大学合格した生徒にリプライ)
大学生の間にしかできないことを精一杯なさってください。安逸な群れをつくらぬことだ。人は偏在している、己を磨かねば出会いもない。己を磨くには己を捨てて対象(世界)と対峙する訓練をすることだろう。

8日
「シャコンヌ」ファジル・サイ。5年ぶりくらいに聴きなおした。イタリア協奏曲、彼自身が言うように長いトリルからカモメのはばたきが聞こえるというのがわかった。素晴らしい解釈だ。イタリア協奏曲はグールドと決め込んでいたが…

12日
失言含め人は同じ間違いを繰り返す。授業でも、ある程度できる生徒に、「君は選択肢Bにしちゃったでしょ」、と言うと「なんでわかるんですか」と驚かれる。前回と同じ間違え方だとは気付かないようだ。問いのからくりを知り、誤答を生む原因がわかると急に正答率があがる。人はそういうものだと思う。

(コメント)「失敗学」とかいうが失敗から学べるようになるには相当な自己分析力が必要だと思う。自分の失敗の傾向を一般化できると随分良くなれると思う。

さらに「どういう間違え方ですか」という質問へのリプライ
自分で勝手に一般化してしまう性格、部分しか見えず視野を広げられない狭い性格、具体に引きずられるとか、否定に弱いとか、ということです。ある程度できる生徒の間違いは比較的一般化でき、その生徒が何を間違えやすいかは、だいたいわかるものなのです。要は自分の犯しやすいミスを一般化することが大切です。

15日
・森山威男at新宿。森山さんのドラムは言うまでもなく、めちゃ楽しいライブだった。互いの呼吸を読みながら個性を極限まで発揮してぶつけていくエネルギーが調和を生む。ジャズは勝ち負け、という森山さんの言葉に納得。空気を読むとか言って、個性を押し殺すことで生ぬるいお仲間を作る 惨めさよ。

(コメント)森山威男の太鼓は若いミュージシャンには是非聴かせたい。彼がなんとか元気なうちに…若いジャズのドラムとは音そのものが根本的に異質、異次元。 若い客がほとんどいなくて残念だった。

18日
人と話していてとても楽しい気持ちになるのは、言葉の内容そのものでなく、その言葉を発する存在をダイレクトに感じその存在に感動できる時。伝達内容が会話の中心であり続けると話すことに飽きてくる。だったら本を読んでいる方がいいと思ってしまう。昨日はとても気持ちよい時間を味わえた。

19日
小学生のパンチのきいた質問。国内の税金上げるんならアメリカの国債売ればいいでしょ。貸しているんだからそれを回収すればいい。正論だが、アメリカには逆らえないんだよ、とは言えなかった。

(コメント)彼らが大人になったときに恥ずかしくないバトンタッチができればいいなあ。震災後、「自分たちが国を支える」とかいう作文を書く小学生たちが増えていて、今の大学生よりも期待をかけてしまう。即、バトンを小学生に渡しちゃうか…政治に限らず、経営や商品開発の分野でも小中学生の意見を取り入れることには価値があると思う。

25日
気仙沼。瓦礫 潰れた車の山。流されてきた船の残骸。港だった場所。三か月前の石巻の様子のまま。空気を吸うと喉が痛い。今までいなかった虫も発生している。ただ海の前に立ち尽くす。

陸前高田 奇跡的に残った一本の松。凄まじい破壊の跡を目の当たりにすると まさしく奇跡的だと実感。画像と自分の目で見るのはかくも異なる。今更ながら…

大太鼓が陸前高田の青空に響き渡った。佐藤健作「 祈りは響く」共に行った学生たちにも響いたか? 眼下には海。そして車や船の残骸。心に刻み付けてほしい一日。
気仙沼で流れ星をたくさん見た。願い事を言おうと待ち構えている大学生達、「あっ、流れた。願い事言えなかった」と繰り返す。そうやって、一瞬のチャンスをつかめないまま生きていくのだろうか…しかし、彼の地で願うことは明らかではないか… 君は、星が流れるその一瞬に自分の願望を発せられるか?

 (コメント)学生ツアーを組んで被災地に行き、陸前高田で佐藤健作の和太鼓を聞いたときのツイート。被災地へは3カ月ぶりだった。

29日
真夜中に…負けるな、負けるな、自分に負けるな。負けるな、負けるな、煩悩に負けるな。負けるな、負けるな、こんな言葉を放って安心感を得ようとする弱さに負けるな。

(コメント)被災地から帰って、仕事がたまっていたので、1日3時間睡眠で何日か仕事をしている時のコメント。なかなか弱い奴だ。黙って働け!

ツイート集2011年8月

この頃はTPPやらデモやらについてやたらと政治的話題が多かったのですが、一過性のやりとりが多かったのでそれらは抜粋しませんでした。

2日 カイ(愛犬)は地震直前に禁止しているはずの二階に上がってくる。それ以外のときは決して二階には近づかないのに。私にはまだ察知できない。

(コメント)タイの津波の時、象たちは高台に逃げた。アボリジニのこどもたちはハリケーンを事前に察知して大騒ぎするらしい。われわれにもあったはずの能力だろうなあ。いつの間にか失ってしまった本能。

(自分が周囲より劣っているという生徒に)
大丈夫だ。世間的な価値観に基づく他者との恣意的比較よりも内的価値観に従って自分に恥じない姿勢を保つほうが大切だ。勿論内的価値観がうちに閉じてしまわないように意識しておくべきだが…胸を張って進め、人生は他者との勝ち負けではない。

(コメント)人と自分を比べる度合いが高まりすぎるといつの間に擦り減ってしまうものだ。

津田沼の丸善にいたら「西先生ですか」と突然話しかけられた。「いいえ、人違いです」と言おうとしたら相手はすでに話し始めていた。唐突に人生の意味など聞くので驚いたが「生き物が生きていることにはそもそも君が考えるような意味などない」と答えるとどう納得したのか納得してくれた、めでたし。

(コメント)なぜか変なところでふいに話しかけられることが多い。初めて行ったイタリアンレストランで白のグラスワインを注文すると「はい、先生」と言われて驚いたが、さらに彼女は私にワインを注ぎながら「私、転職したほうがいいですか」と聞いた。答えられるわけないよ。仕方ないから「ワインの注ぎ方はうまい」とだけ答えておいた。

4日
考えることと思い悩むことは同じではない。考えるとは線形であれ非線形であれプロセスのある技術であり 堂々巡りを続ける「思い悩む」と同じではない。「お前は考えてない」と言ったら生徒に逆ギレされたので丁寧に説明した。
(コメント)考えることがひとつの技術だと思っていない学生が多い。よく考えていますというが、多分同じところをぐるぐる回っているだけだ。どの大学を受けるかなど、一通りメリットデメリットをすべて紙に書き出して、評価値をつけて検討して最後は勘で決める、そうすれば同じところをぐるぐる回らないのに…

16日
自分がバーチャルを嫌いな理由がわかってきた。一つには嗅覚が利かないからだと。ワインも食事も森の空気も動物も嗅覚から感じている。石巻に行ったときも嗅覚で初めて実感を得た。画像では感じられない部分が大切なのだろう。マサイマラの匂い、エーゲ海の風の匂い、インドの匂い、パリの匂い…

(コメント)不思議なことに記憶は匂いに残る。見た景色は忘れてもそこにあった匂いは忘れない。嗅覚はダイレクトに中枢に働きかけるような気がする。
しかし、現代社会は嗅覚を排除しようとする方向に向かっている。やたらと脱臭したがるし。嗅覚を奪われたラットは聴覚を奪われたラットよりも凶暴になるというデータもある。

17日
我が国の首相は「読書の秋」と言って本を5冊購入なさいました。学生は「読書の秋」というならば30冊くらい大人買いしましょう。「読書の秋」でなければ読書しないようでは、立派な大人になれません。よい見本を示してくださいました。

(コメント)じゃあどんな本をという質問に対するリプライ
比較競争から共生へ。生物学や進化「強いものは生き残れない」や「Age of Empathy」とアランカイエか西谷修とアランカイエの「経済を審議する」を共に読むと面白い。生物学と経済が共鳴する。今は生物学的に社会をとらえる視点が必要だと思う。

21日
書を捨てよ、町に出よう、と言いたくなる相手と、一年間ほど蟄居して書に向き合え、と言いたくなる相手と。バランスは難しいものだ。しかし書に向き合う贅沢が許されるのが学生時代。

(コメント)よく、「学生時代しか遊べないから」とかいう学生がいるが、そんな程度の遊び方ならばいつでもできる。本当に本と向き合うのは長時間オフラインにしても生活に支障が起きない環境があって初めてできることだ。仕事を持つとなかなかその時間は得られない。
プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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