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京都講演会のための草稿 リライトのため削除、変更した部分

 ツイートで、京都講演会のための原稿があまりにも長くなったので、かなりの部分を削除したとつぶやくと、削除した部分が見たいというリプライがたくさん来ました。
 
このままじゃ9万字を越える量になり、9時間くらいの講演会となってしまいそうなので、テーマから逸脱した部分、専門性が高く一般に口頭では理解しにくいと思われる部分をどんどん削除していったのです。削除した部分と変更した部分を探したのですが、なにしろすっぱり消してしまうと気持ちよかったのでどんどん消し去ってしまい殆ど何も残っていませんでしたが、少しだけ残っていたのでここに載せておきます。

 講演会ではこの中の一部だけを残してテーマに合わせて話すつもりです。

マルクス「資本論」第1巻価値形態論では、搾取の対象として自然も考慮に入れられている。水や空気や化石燃料を自然から借りているならば返す必要があるということだ。自然環境保護の走りとさえいるだろう。

own「所有する」という単語はそもそもowe「借りを負う」という単語に由来するのだということは覚えておきたいですね。私的所有の問題はそこから生じるわけだ。

ケインズ(経済学者ではこの人だけが自由競争の問題点を早くも指摘していた)は、「平均的意見とは、多数の無知な個人の群集心理の産物にすぎない」として投資経済が不安定な根拠しか持っていないことを見抜いていた。

エーリッヒフロム「自由からの逃走」ではこう書かれている。
 
多くのひとびとは、なにかをするとき、外的な力によって明らかに強制されないかぎり、彼らの決断は自分自身の決断であり、何かを求めるとき求めるのは自分であると確信している。しかし、これはわれわれが自分自身についてもっている一つの大きな幻想である。我々の決断の大部分は、じっさいには我々自身についてのものであはなく、外部からわれわれに示唆されるものである、決断を下したのは自分であると信ずることはできても、じっさいには孤独の恐ろしさや、われわれの生命、自由、安楽にたいする、より直接的な脅威にかりたてられて、他人の期待に歩調を合わせているにすぎない。

 われわれはみずから意思する個人であるという幻のもとにいる自動人形となっている。この幻想によって個人はみずからの不安を意識しないですんでいる。しかし幻想が助けになるのはせいぜいこれだけである。

ついでにオルテガ「大衆の反逆」から抜粋しておこう。

「大衆はただ欲求のみを持っており、自分には権利だけがあると考え、義務を持っているなどとは考えもしない。われわれはたった一人の人間を前にしてもその人が大衆であるかどうか判断できる。大衆は、自分に価値を見出すことなく、自分をすべての人と同じだと感じ、しかもそのことに苦痛を感じないで、自分が他人と同じであることに喜びを感じるすべての人々のことである」

―ネットに群がって匿名性のもと「みなが」とかいいつつ人を批判したり、自分の考えに同意を求めたり、みなと同じに安心したり、週刊誌で誰かをたたいている記事をみつけては喜びを見出す人たちのことね―「エリートの反逆」(クリストファーラッシュ)という本もあって非常に面白い。エリートこそがこのオルテガの言う大衆のようになっているという本だ。

人々が意思決定していくことについてはジョージソロスの言葉もある。

期待と結果の間に剥離があることは相互作用的な譲許の特徴であり、そこでは、参加者は完全な知識を踏まえて判断を下すことはできない。参加者の判断には必ずバイアスがかかっており、そのバイアスが結果を決定する要因の一つになる」ジョージソロス (グローバルオープンソサイエティ)

そうしてここで一番最後に持ってきたいのは、エマニエル・カント(純粋理性批判という著作は名前くらいきいたことあるよね)

「他者を手段としてのみならず目的として扱え」という道徳律

目的として扱うというのは、相手を自由な存在として扱うということで、自分が自由であるために他者を不自由に、自分のための道具にしてはいけないということだ。ここで他者というのはマルクスが搾取の対象として自然という概念にも言及しているように、自然、あるいはまだ生まれていない人も含む。たとえば、環境を破壊して経済的繁栄を獲得するとしたらこれから生まれてくる人間の自由を奪い取ることになる、ということだ。またこの時代にカントは世界共和国という理念をマルクスは世界資本主義の浸透の元に国家の消滅を考えていた。古き時代に、ゆっくり流れる時間と深い森のある国で思索を進めると深い思想が生まれるのかもしれない

自分の生そのものが関係性の中でしか存在しえない以上、コミュニケーションが生存に必要な条件である以上、他者を手段にしてしまうということは、自分自身を手段としてしまうことになり替わるのだ。人を利用して金を集めようなどと言う行為もヒトを手段化しているわけであり、それでは「ヒト」から「人間」(人と人の間で生じる状態)にはなりえない、とさえいえるだろう。

すると言語の獲得のところでも述べた、「人が痛かったら自分もつらいじゃん。」「人から、自然から奪い取るだけじゃ不当でしょ」という基本的共感に戻ってくる。
つまりコミュニケーション能力、感覚の欠如が問題を引き起こしている気がする。ここでも解決は倫理観、もっと簡単に言えば他者、自然とのコミュニケーション能力の問題へと帰するのではないか。と思う。

多様性に向けて―
ただ多様なものが存在するというのではだめだ。おのおのに特異なものを決して還元し漂白することのないやりかたで、際立たせコミュニケートし共通の言葉を捜し、交響していこうとすること。それが重要なのだと思う。


というような部分があちらこちらでバッサリと落とされていったわけです。誤字脱字多謝。

落とすべき部分を落とし切って全体の構成を一つの交響曲のようにしようと努力しながらただいま草稿執筆中です。そして最後は爆発的フィナーレを迎える予定です。お楽しみに。
  京都講演会のお知らせはいくつか前のブログをご覧ください。
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講談社トークライブ原稿から

17日のトークライブのための草稿を一部抜粋してみます。


現代は情報が大量に流れている時代です。特にこの10年以内でメディアにソーシャルメディアが加わったことで、また誰もが情報を発信できるようになったことで、情報の量は急増しました。しかも、3・11以降はどれほど多くの情報が隠されているか、あるいは間違った情報が意図的に流されているか、そういうことがはっきりと目の前に浮かびあがってきました。

そうした中で、どの情報を信じたらいいのか、もはや政府の発表も信じられないという深刻な状態に陥ってしまっています。政府の政策や政治の仕方に対する不満はどの時代にもありましたが、政府が発表しているデータそのものが信じられないというのは、国として非常に危機的状況にあると思います。私自身、夏に電力が足りなくなる、というのは本当なのか嘘なのか確信をもって情報を受け入れることができない状態です。

しかし、自分にとって耳当たりのいい情報ばかりをインプットしていくといつの間にかただ踊らされていることになってしまいます。現実と接続できなくなるわけです。自分の「セカイ」(本書でもカタカナ書きにしてあるセカイはその人にとってもセカイで実はとても閉じた小さなセカイであり、とこに閉じこもることはもはや許されないセカイのことです)の中での正当性を助長するばかりです。

あるいは煽情的な情報に危機感をあおられたり興奮したりして、他の視点を失ってしまうと他者にまで悪影響を与える狂ったダンスを始めてしまうことになりかねません。
これは今ネットで猛威をふるっている炎上というやつです。

自ら閉じきった集団、あるいは空想の集団の中に入ってしまっているのですね。「みんなが」という言葉や「けしからん」という言葉で人を糾弾する人は自分はマジョリティーなのだという幻想を抱き、その中にのみ居とどまろうとしているわけです。外部の批判を受け入れず、外部などないと思うか、あるいは外部と判断したものに攻撃を始めるというあり方は貧しいと言えるでしょう。
外部のものにレッテルを貼ることでその中の多様性をみようとしないのは豊かさを甘受できない者の味方だからです。個人にキャラ付けをすることも同様で、個人の中にも多様性があるというのを見失ってしまっているのですね。

日本における「みんな」という言葉の同調圧力はとても強いものがあります。いつだか、服を買いに行った時「これは今年皆さんお買い求めですよ、今年流行りの形です」と言われたのですが、「ならば私が買うものではありません」と答えるとポカンとされました。その反応にこちらがぽかんとしました。なぜ、皆が着ているものを買いたいのか私には理解不能です。

宮大工の西岡常一さんは木の個々の癖についてこう言っておられました。
 「気に入らんから使わん、というわけにはいかんのです。自分の気にいるものだけで作るんでは、木の癖を見抜いてその癖を行かせ、という口伝に反しますやら。癖はいかんものや、というのは間違っていますのや。癖はつかいにくいけど、生かせばすぐれたものになるのですな。それをやめさせ、あるいは取り除いていたらいいものはできんのです。」
個性がでないように合板にしてしまうのは現代の建築ですが宮大工は1本1本の木の特性、10年後にはこう曲がる、とかいうこともです、をみきわめそれぞれに大切にします。すべてを合板にしてしまおうとするのを同調圧力といいます。


言葉たくみな者に踊らされてしまうのも、自らの判断を放棄することでそこに安心感をもとめ安住したいと願う気持ちがあるからでしょう。予備校でも商業的な予備校では、「この講座をとったら安心」「あるいはこの講座をとらなければ落ちるよ」「みんな取っているよ」と講座を薦め営業益を増やそうとします。そう言われると不安を打ち消したくなるのか自分に消化しきれないほど講座をとってしまう。そういう営業をする予備校もあるようです、受験生の不安を利用した商売ですね。

掻き立てられた不安に打ち勝つには、生きているものは不安なのだ、という当然の前提をしっかり認識することです。不安に決まっているじゃないですか、とくに今の時代に生きているものは皆。

自らに麻酔を打って安心感を得ようとするのは自分を売り渡してしまっているとしか思えません。不安と同居しながら、少しずつ不安を減らしていく、あるいは不安で遊んでしまえるともっといい。

絶対安全な平行棒などありません、落ちれば怪我をするから真剣に遊べる、だから楽しめるのです。人生だって楽しまなきゃもったいないですよね。失敗したらいたいけど、こないだの講演会でも引用したのがアルケミストというお話の中の言葉「傷つくのを恐れるほうが実際に傷つくよりもつらいことなのだと自分の心にいってやるといい」
そうですね、傷つかないために、自分に麻酔を打って自らををだますことで安心を買おうとするのは、本当に痛いことなのです。

講談社トークライブいよいよ迫ってきました。できればライブで体感してください。津田大介さんとの対談は何が飛び出すかわからないところが楽しみです。





リンクに表示されるテキスト

6月17日 西きょうじ×津田大介トークライブ

6月17日、18:30から講談社(最寄り駅:護国寺)で出版記念イベント、西きょうじ×津田大介トークライブ「情報以前の知的作法」を開催!を開催します。

来場者には西きょうじ最新刊「踊らされるな自ら踊れ」を全員にプレゼント。

――――――――――――――――――――――――――――――
【開催情報】
――――――――――――――――――――――――――――――
■日  時: 6月17日午後6時会場 午後6時半開演

■場  所: 株式会社講談社本社

■内  容: 
第1部 西きょうじ基調講演「聞く・読む・変わる・生活を豊かにするヒント」
第2部 西きょうじ×津田大介トークセッション「騙されないための知的作法」

■アクセス: 
東京都文京区音羽2-1-12-21
有楽町線護国寺駅 下車すぐ
http://www.kodansha.co.jp/about/access.html

■入場料:1300円(事前にチケットを購入ください。当日会場での発売はありません)

■チケット:Webチケット販売「イープラス」を通じてご購入ください。下記よりアクセスできます。
⇒ 申し込み
※当日券の販売はありません。当日、チケットのない方は入場できません。

■ご注意事項
※当日、取材のため動画、写真などの撮影があります。客席がうつることもありますのでご了承ください。
※講演の内容、時間などは主催者の都合により変更する場合があります。あらかじめご了承ください。

イベント詳細(講談社現代ビジネス内特設ページ)

6月6日新刊発売

6月6日、新刊『情報以前の知的作法 踊らされるな、自ら踊れ』、講談社より発売

6月17日の新刊出版記念トークイベントでは本の値段(\1300)で津田大介さんとの対談とサイン会があります。18時半から講談社にて。詳細はこちら

また、6月24日 京都の講演会では、事前にご連絡いただいた方に\1000で販売致します。

情報以前の知的作法 踊らされるな、自ら踊れ情報以前の知的作法 踊らされるな、自ら踊れ
(2012/06/06)
西 きょうじ

商品詳細を見る


講談社HP

6月24日講演会案内(京都)

西きょうじのポレポレ課外授業第3課 
「言葉を味方につけるために
 ~言語の獲得から共有まで~」 


言葉は両刃の刃、味方にもなりうるが、人を傷つけるばかりではなく自らを貶めるものにもなりうる。言葉を味方につけるために言葉そのものについて今一度ゼロから考えることから出発しましょう。 ソーシャルメディアの発達もあって、誰もが発信できるようになりネット上では言葉が過剰に発せられるようになりました。

その一方では震災後、政府、政治家やマスメディアの言葉を簡単には信じられないという状況が生じています。政治家は失言を繰り返し、マスメディアの一部は妄言を繰り返す。そうした中で「説得力ある言葉」「力ある言葉」を実感することが稀になってしまいました。

しかし、言霊としての言葉の力がなくなったわけではありません。そこで、今一度言葉の力を取り返すために何をなしうるか、をテーマに言葉との向き合い方を考えていきます。

まずは、赤ん坊が言語を獲得する過程から始め、人間にとってコミュニケーションは生命の維持と同等の価値を持つのだということ、さらには動物の意志疎通の仕方、我々とはまったく異なる言語(文字を持たない言語)を持つ人たちは思考過程がまったく異なることを実例とともに語ります。

次に、コミュニケーションの方法と可能性について、現状をどう切り開いていくか。言葉を受け取り、言葉を発し、不完全ながらもコミュニケートを果たし続けることで自分を取り巻く環境は変化します。過剰な饒舌でもなくひきこもった沈黙でもなく力ある言葉をどう発していくかを考えます。

最後に、ことわざや歴史的名言や古典の言葉をとりあげ、解説を加えます。力ある言葉に実際に触れ体感することで、日常生活の中に変化を引き起こし、明日への姿勢をたてなおしましょう。

この講演会を通じて、大いに笑い楽しみながら、自分が立っている場所を再確認し、気持ち新たに明日へ向かえるようになってもらえることを期待します。

【日時】 2012年6月24日(日)13:30-17:00 (12:45開場、18:00閉場予定)
【場所】キャンパスプラザ京都(京都駅徒歩1分)
【参加費】 2000円
【定員】 150名
※先着順にてのご参加となります。定員に達した後の申込となった方は、先着の方のキャンセル待ちとしてウェイティングリストに入れさせていただきます。キャンセルが出次第順次ご連絡いたします。
【申し込み方法】下記のフォームより情報をご入力ください。講演会運営事務局より事前に連絡を差し上げます。
講演会申し込みフォーム

【講師プロフィール】 1963年1月11日東京生まれ。神戸育ち。甲陽学院中学、高校を経て京都大学経済学部入学、文学部に転部。1985年文学部アメリカ文学科卒業後、2年のブランクを経て1987年から代々木ゼミナール講師になり、現在に至る。執筆参考書多数、中でも「ポレポレ英文読解プロセス」は発行後18年間「上位受験生のバイブル」として売れ続けている。東京で生活していると呼吸が浅くなることを実感し平成7年に野鳥の森のある軽井沢に移住。長くカリスマ予備校講師と称されてきたが、現在はツイッター、ブログなどを通じて社会に働きかけようとし始めているほか、予備校業界を超えて講演会活動、被災地の幼稚園等での紙芝居の読み聞かせ活動(「このはな草子」顧問)など広く活動している。 6月新刊「情報以前の知的作法~踊らされるな、自ら踊れ~」 (講談社)

6月3日講演会

西きょうじのポレポレ課外授業第2課
「点から線へ。線から空間へ。
~共感とコミュニティー形成~」


政府やメディアの発信をただ受動的に解釈していても何も得られないように、情報に溢れるこの社会の中でひとりひとりが読み、聞き、書く力を持つことは重要です。ネットばかりで情報を得ていることの危険性など、読むことの重要性をテーマに第一回の講演会を行いました。

今回の講演は「点から線へ。線から空間へ~共感とコミュニティー形成~」と題し、他人と共感を媒介にして繋がること、それが形となって現れるコミュニティについて話します。現代社会における共生の方法の話です。ひとつのコミュニティーに属し、それだけを信じていることもできる。

しかし、その信じているものが消え去ってしまったらと考えると、それはすごく脆いことなのではないかと感じてしまう。 3本の矢のうち1本が折れても、まだ2本ある。そんな風にひとつに寄りかからない思考が必要なのではないかと思います。

また、今回の講演では石巻市にて活動する一般社団法人つむぎやの鈴木悠平さんをお招きしています。牡鹿半島にて地元女性たちと対話を重ねながら、手仕事づくりのプロジェクトを通して様々な世代や所属の人々が共感し、交わり合ってゆく場と仕組みづくりを彼の活動についてお話を伺い、本講演会のテーマである「共感」を実践していくためのの具体的な方法をご紹介します。

人と話すことによって個人の思考は人と繋がり、線になる。しかし線とは二次元であり、それでは私達の生きている現実社会に働きかけることは難しい。思考は具体化され、実行されることによって三次元に姿を現します。発信とはアクションであり、話すことだけではないのです。多様性を持ち続けること、アクションを起こし、発信していける当事者になることの重要性など、このようなテーマで話をしたいと思っています。

お時間のある方、是非いらしてください。

Ustream http://www.ustream.tv/channel/nishikyouji#utm_campaign=t.co&utm_source=9868658&utm_medium=social

ニコニコ生放送 http://live.nicovideo.jp/watch/lv94970373#49:38

Twitterハッシュタグ #kyoji0603

【日時】2012年6月3日(日)14:30-18:00 (14:00開場)
【場所】明治大学アカデミーコモン
【参加費】2000円
【定員】150名

■スケジュール
13 :30~14 :30   開場・受付
14 :30~14 :40   司会挨拶、講演趣旨説明
14 :40~16 :40   西講演
16 :40~17 :10   ゲスト(鈴木悠平)講演
17 :10~17 :30   休憩
17 :30~17 :50   質疑応答
17 :50~18 :00   閉会の挨拶
18 :00~        書籍販売・サイン会

【講演者プロフィール】1963年1月11日東京生まれ。神戸育ち。1985年京都大学文学部卒業後、2年のブラン クを経て1987年から代々木ゼミナール講師になり、現在に至る。執筆参考書多数、中 でも「ポレポレ英文読解プロセス」は発行後18年間「上位受験生のバイブル」として 売れ続けている。東京で生活していると呼吸が浅くなることを実感し、平成7年に野 鳥の森のある軽井沢に移住。現在は講演会活動、被災地の幼稚園などで紙芝居を読み 聞かせる活動(「このはな草子」顧問)など、予備校業界を超えて広く活動してい る。 6月新刊 『情報以前の知的作法~踊らされるな、自ら踊れ~』(講談社)

【ゲストプロフィール】鈴木悠平
1987年12月3日生まれ。神戸市出身。2011年3月東京大学法学部卒業。同7月より石巻市に移住。 一般社団法人つむぎやにて、主に被災し仕事を失った牡鹿半島在住女性向けの手仕事づくり・コミュニティ再生の事業に携わる。 鹿の角と漁網を使ったアクセサリーブランド"OCICA"の製作・販売支援プロジェクトのマネジメントを担当。 ブログ I'm looking for a new way to fly…

プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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