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敷かれたレールの上を歩いてみても

津田大介さんとの対談から2年が経とうとしています。この間、出版社の個人がそれぞれに事情を抱えてしまったり
ポリタスが激務となったりで出版がとても遅れていますがようやく私側の校正が終了したところです。気長に出版を
お待ちください。その中のコラムから。以前このブログに書いた「道なき道を行け」の新バージョンと言う感じです。

敷かれたレールの上を歩いても…

第3章は「道なき道を行け」という勇ましい章でした。予備校で大学受験のアシストをしながら「道なき道」というのも妙な感じだとは思いますが、最近あまりにも早々と道を決めてしまいたがる若者が多いように感じます。おそらく先への見通しが明るくない不安な時代のせいだろうとは思いますが、不安な時代だからこそ既成のレールを歩くことにもリスクが伴います。既成の道は今までの社会によって作られたものであり、次の時代の社会に適合するものだとは限らないからです。これまでの時代の要求に合わせて、可塑性を失うほどまでに自分を形成してしまうと時代の変化に伴って不要な部品となってしまいかねません。今求められているとされる人材になるべく自分を作り上げればあげるほど、次の時代には求められない人材となる、もっと簡単に一言で言うと、過剰適応は危険だということです。

みせかけの保障を信じたふりをしていわゆる敷かれたレールの上を進んでいても、それが将来を保証してくれるわけではない、というのは少し社会を見てみればわかる話です。今や、有名大学を卒業しても職に就けない、あるいは無業状態に放り込まれるというのは例外ではなく、普通に耳にする話になっています。そういう時代だからこそ、道は自分で作るというスタイルもあり、ということになります。就活で悩んでいるならば、現在ある職業から選択するのではなく新たな仕事を作ってしまう、という選択肢もあるということです。実際にそれを実践できている若者もたくさんいますし、津田さんもその一人だと言えるでしょう。「道なき道」を進んだ先輩と同じ道を進むのではなく、「道なき道を行った」先輩の経験を参考にして自分が道なき道を切り開け、というわけです。

今は確かに保守化に向かう傾向が強い時代だとは言えるでしょう。大学受験にしても新しい方向を模索するという名目で選抜方法を新たにしようとしていますが、実際には逆行、つまりは、階層の固定化に向かう方向が検討されています。具体的に言うと、1回の試験で1点刻みで決まる試験を、高校時代の活動やプレゼンテーション力あるいは面接を加えて総合評価するものに変更する、ということが提言されています。しかし、その場合、高校教師や面接官の価値観による判断が重視されることになります。人の価値観は主に環境によって形成されるものです。そうである以上、判断する側の人間と似た環境のものが有利になることになります。 そうするとある価値観が優位になり、それがいわゆる上位階層の価値観である場合には、階級の固定化、貧富格差の固定化が促進されることになります。そうすると、一回の学力試験で合否が決まる場合に起こりうる一発逆転はなくなるわけです。もちろん学力試験であっても経済格差による学習機会の差は大きく表れるわけですが、それでも環境の劣悪さを払拭するチャンスはあります。しかし、人間力やコミュニケーション能力で判断する、つまりは試験者が共感できる受験者を選ぶ、さらに言うと試験者と同様の環境を持つものが選ばれるということになると不利な環境に置かれたものにとっては一発逆転のチャンスはなくなるわけです。また、環境に恵まれたものにとっては所与の環境を如何に有効に利用するか、が出世の鍵になることになります。

政界が2世議員に支配されているという非民主主義的世襲制が大学受験にも反映されることになるわけですね。本人の力よりは生まれた環境という偶発性が決定的な影響力を持ってしまうという反動的な流れには到底同意しかねますが、現在進行中ではあります。

また、その中である意味覚めた諦念をもって上昇志向を捨ててともかくも小さな安定を求めるという志向性が高まりつつあることも事実です。就職における大企業志向、地元志向が高まっており、今の時代の中では当然の方向性なのかとも思いますが、そこに敷かれたレールは実は途中で途切れている可能性が高いのではないかとも思います。するとレールの上を走ることしか経験してこなかった者はもはや前へ進めなくなってしまうのではないか、と思ってしまうのです。

環境に恵まれなかったからといってあきらめてしまう必要はありませんし、環境に恵まれたとしても敷かれたレールに乗ることが最善の道とは限りません。先にも言った通り環境は変わるものだからです。また今の風潮に従うことが最善とは到底思えないからです。私が卒業生によく言うのは職場の先輩の自慢めいた経験談などは聞き流せということです。少なくとも10年くらいしか年が離れていない人の言うことは聞かなくていい。時代の変化に気づかないで自分のやり方を正当化しがちだからです。私たちの世代になると、まともな人は今や自分たちが頑張った環境とは異なる環境なのだということは十分理解しているので自分たちと同じやり方を若者に薦めたりはしません。そういうことをする愚かな老人が威張っている姿をよく目にしますが、そんなものは放置しておくに限ります。時代は変わるものであり、時代を超えた普遍性は長い時間を経たものだけなのです。そういうわけで今最善と言われているものは常にすでに時代遅れなのです。
いやそもそも最善の道なんて誰にもわからないものなのです。

 結局のところ、時々の自己満足が最高の目標であり自己満足を客観視しつつそのレベルを徐々に上げていくことこそ最善の道だと私には思えます。自己満足が隣人の笑顔を目標とするものにまでレベルがあっていけばなおいいね。「いま、ここを充実させること」はブッダの頃から言われ続けてきた教訓です。(「過去に生きるな、未来を夢見るな、今の瞬間に集中しなさい」)先への不安に怯えて立ちすくむことなく自分の道を開いていきたいものです。

まあ、何はともあれ、私は「人生行き当たりばったり」のほうが生きている感が感じられていいなあ。
どんなことに出くわしてもそれはそれとしてそのままに受け入れて、その都度その中でやれることを考える。やれることがあれば行動する。何に出会うかは分からない。でも、先への保険ばかりかけようとするよりも、きっと、そのほうが楽しいよ。


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プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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