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草刈りの日

 今日はブログらしく日記を書いてみます。
 今日は庭の草刈りをしました。草刈りを始めるとなると草刈りハサミを研ぐことから始めたくなるのはややこしい性分です。
 これまで放置していた庭の草は背丈も高く、カイ(愛犬)が庭を歩いていても姿が見えないくらいになってしまっています。生い茂る葉は地面を覆い隠しています。数年前は芝生だったのに手入れを怠った途端に芝も雑草と化し周囲の草たちと同化して庭を荒れ果てた草地に見せています。
 これは何時間もかかるだろう、と覚悟を決めて草を刈りはじめました。しかし、地面を覆い隠している葉っぱをかき分けて根を見ると思ったほど数が多くないことに気付きました。その根の下の方を刈っていくと意外なほど作業が速く進みます。一通り根を刈り終えるのにほぼ1時間。それだけで背の高い草はなくなりました。あとは芝も含めて下草をざっと刈っていくだけです。
 ふと見つけたかわいい野イチゴやタチツボスミレは残し、大切にしている行者ニンニクも残し、ついタラの芽が出る木を切ってしまわないように気をつけながら、私の独断で雑草と決定したものを刈っていきます。すべての草を同様に愛することは私には難しいのです。そして機械式の草刈り機を使うとこの選別はできません。
 軽井沢に引っ越してきた頃、西洋タンポポを「攘夷」とか言いながら引き抜き、庭に生えていた日本固有のタンポポを過剰に保護しようとしたことがありました。その努力空しく今、春に庭に咲くのは西洋タンポポばかりです。そしてタンポポと言えば西洋タンポポのこととなってしまいました。そういうものなのですね。様々に同様な例を思い浮かべながら抽象化して考えてしまいます。
 草刈りを終えてカイと散歩をして近所の温泉に行ってぼんやり露天風呂につかりながら思いました。
「帰ったら軽井沢の地ビール飲もう」、じゃなくて、
とてつもなく茂り広がっているように見えても根は多くなかったりする。そして根を刈れば茂っている葉は束となってたちまち地面に落下する。ふうむ、根を発見して根を刈ればいいのだなあ。
 あ、日記なんでこの先の考察は書かずにここで終えておきますね。
ではでは。
 
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「越境へ」から 「外への旅と内への沈潜」

「越境へ」(亜紀書房)が発売されました。幸いなことに好意的な書評もあちこちで頂いております。
http://
最近、ツイッターで以下のツイートをリツイートしました。(國分功一郎氏のツイート)
「ハンナ・アレントが『全体主義の起源』の後書きで、孤独solitudeと寂しさlonelinessは違うと言っている。孤独はあらゆる創造的行為にとって必要なものだ。孤独である時、人は自分自身と一緒にいることができる。自分自身と語り合うことができる。」
「ドゥルーズは、若い人に孤独がいかに大切なものかを教えることが教師の大切な役割だと言っている。俺も本当にそう思うし、それを教えたいと思っている。大学での勉強や読書の経験は、孤独の価値を若い人たちに知ってもらうための貴重な機会だ。」
「それに対し、寂しさを感じる人間は、際限なく他人を求めるが故に、自分自身のもとにあることができない。自分自身と語り合うこともできない。そしてそれはつらい経験である。アレントは、寂しさという人間にとってもっともつらい経験を利用したのが全体主義だと言っている。」

孤独について私が「越境へ」に書いた一節を紹介してみます。

~外への旅と内への沈潜~
 ネットを使って外の世界に接続するとさまざまな情報に接することができる時代になりました。また人とつながりを作ることも容易になりました。そういう点で外の世界と常に接続していられるようになったわけです。しかし自分の志向性に合うものを選んでいるうちに外の世界と思っている世界が実は閉じた狭い世界になってしまうということもしばしば起こります。すると、その中で承認を得ることが目的化されてしまいその外の世界の存在が意識されなくなってしまいかねません。「みんなが…」という「みんな」は実は結局は同質の集団である、ということならば、せっかく外とつながったのに結果的には自分の偏狭さを助長してしまうということになりかねないわけです。
 ですから、自分に同調してくれる集団内に安住するのではなく、ボーダーを越えて自分にとって異質なものにふれるという経験は重要です。
 そういう点では自分の日常世界の外に出かけてみる、ということはとても役に立ちます。人はかなりの部分が環境によって形成されるものです。ですから、時に異なる環境を経験してみることはこわばってしまいがちな自分をしなやかにするために必要なことなのです。
 実際に未知の土地に行ってみるというのもよいでしょうし、全く知らない人々の中に飛び込んでみるというのもよいでしょう。しかし、後者はややハードルが高いかもしれません。この対談の中で津田さんも言っておられますが被災地に行ってみるというのもよいでしょう。自分の目で被災地を見、地元の人と話してみると、自分で思っていたこと、メディアで目にしているのとは異なるものを目にすることになるでしょう。私自身、被災地に何度か行くたびに新たなものを目にすることになりました。2011年には、和太鼓奏者の佐藤健作さんが「祈り」をこめて陸前高田で叩く、というのを学生たち40人弱とともに見に行く企画をしました。学生たちはもちろん「太鼓に選ばれた男」の太鼓にも感動していましたが、始めてみる被災地の光景、匂い、むりやりに泊めてもらった気仙沼のホテル、その仲居さんたちとの会話、などおそらく東京では感じられないものを感じたようです。おそらく今被災地に行っても感じるものは多いのだろうと思います。
「書を捨てよ、街に出よう」と寺山修司は書きましたが、「携帯を捨てよ、旅に出よう」と私は呼び掛けてみたいと思います。グーグルマップで目的地に着くよりも、迷って現地の人に道を聞きながらようやくたどり着く、という体験は今こそ重要なのだろうと思います。
 しかし外へ出ていくのと同様に大切なのは自分の内に沈潜する、あるいはある一つの分野を深く掘り下げる、という試みでしょう。あるテーマを研究し続けていく中で、一生掘り下げても決して到達しえない深さがあることを実感として知ることはとても大切です。さらに深く深く掘り下げていくとある段階で他の分野とつながり、いきなり広がりを得るということもあります。
 大学生であればやはり専門的領域を一つしっかり勉強しておくことは重要です。いわゆる文系の学問などは直接役立つことは少ないかもしれませんが、一つのことについてきちんと時間をかけて思考した経験はその人の属性として一生ものの力となります。単なるジェネラリストとは一線を画したスペシャリストの要素を内包したジェネラリストとなれば境界を越えて仕事をしていくことが容易になるでしょう。知識自体はネットで簡単に検索できる時代なのですから、幅広い知識を持つだけでは価値はなく、ある対象を深く掘り下げていく思考力のほうが重要なのです。それは大学でこそ経験できることだと思います。「大学生の内に世界を一周して視野を広める」などというような外の世界を表面的に見るだけの経験は、対象への対し方が身についていない人にはそれほどのプラスにはならないでしょう。就職活動でそういう自分の経験を披露してもスル―されるだけです。1冊の本を時間をかけて読みとおした結果得られたことについて語る方がよほど印象的です。
 そういう経験をするためには他者とつながるのではなく、書物や研究対象と1対1で向き合うことが必要です。安易な発信をすることなく、人と群れることなく、徹底的に対象とのみ向き合う。それはもちろん孤独な作業となります。しかし、そこで孤独を極めること、自分の内へと沈潜し続けることが重要です。他者とつながることで得られる安心感に逃げずに、研究対象のみを他者としてどこまでも妥協なく1対1で向き合い続けてはじめて自己の内部を深めることになるのです。その力が微かなcallingを聴きとる感受性を育むことになるのだと思います。
 さらに、そういう力が身についていれば対象をカテゴライズしてわかった気になるということはおきなくなります。異質なものに出会ったときに、条件反射的に排除するのではなく一度受け入れて思考対象として向き合ってみることができるようになるからです。
人を人種や国籍、性別でカテゴライズしたりキャラ付けをして一つの役割の中に固定したりしなくなるだろうと思います。カテゴライズすると対象の固有性を顧みなくなるのですが、それは安易な判断放棄といえるでしょう。「韓国人は」と言ってヘイトスピーチをしてみたり、「金持ちは」という言葉で格差社会を批判したりするのも政治的にはまったく逆のスタンスに見えますが結局のところ、どちらも同様の思考停止にすぎないのです。
 また、このコラムの初めに書いたような集団に帰属することで安心感を得てその集団の中にいることが目的化されるという安易な群れ方から脱することもできます。ヘイトスピーチやネット上での炎上なども内面的思考を放棄した安易な群れ方の一例とも言えるでしょう。
 孤独を実感しながら内面を育む、知の深さを体感し畏怖の念を感じながら専門性を身につけていく、そういう人が外に出て旅を経験すると深さと広がりが増すことになります。
 内への遡行と外への旅、そのダイナミズムが生の充実感を与えてくれるのです。
プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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