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意識だけ高い就活生へ

先のブログのついでにそれとセットになる1節も紹介しておきます。[仕事のエッセンス」原稿からの抜粋です。

理想と現実のgapに悩む(意識だけ高い系)の過ち

 いわゆる意識高い系と言われる人たちがうまくいかないことが多いのは意識が高いということが原因ではありません。高い意識を持ちそれに見合う現実的行動力を持っている人たちはやりたいことを仕事にし、理想を現実に変えていくことができます。もちろんいくつもの障害はあるでしょうしうまくいくとは限りませんが、失敗を糧にさらに前に向かっていくことが可能なのです。実践的にステップを踏める、失敗する覚悟もあるという人たちはより高見を目指してほしいと思います。
 
問題は自己認識ができていないのに理想だけは高い、という人たちです。就職における自己認識は先に述べた通り過去の自分を基準とします。これまでに何をやれたか、この基盤がないままに「自分はいろいろなことができるはず」「まだ実力を出していないだけだ」「やる気になればできるはずだ」といった仮想の自己認識を持ってしまっているので現実とのギャップがなかなか受け入れられないのです。さらに悲惨なのは「意識が高い」自己像を承認されたがる言動です。時には「普通のサラリーマン」(そういうものは個人としては実在しない)や「農家の人」をバカにして自分はそういうレベルの人間ではないと顕示するに至ることさえあります。そうした言動が増えれば増えるほど理想自己が現実の自己と乖離していくので現実と妄想の間に深い谷間が生じてしまいそこに落ちてしまうと這いあがってくるのは不可能に近いといえるでしょう。そういうスタンスで「自分の希望する会社(自分にふさわしい会社)に受からなかった」という理由で就職浪人でもしようものならばますます現実的には厳しくなってしまいます。まずは実際に働いてみる、ということから初めて自分の能力を知り、彼らからみると地味で普通の働き方の中に面白さや意義を見出していくほうがはるかに有意義なのですが。
 
「やればできるはずだ」は何もできなくさせてしまう呪文
 彼らには夢を語りたがる傾向があります。そしてポジティブに思考しようとします。夢、願望を実現するために必要なのはポジティブ思考だ、とはよく言われていることです。たしかにネガティブに考えて思い悩んでいるよりはポジティブにものをとらえている方が免疫力も上がりますし、業務遂行能力が上がることもあります。
 しかし、夢を語る若者(絶望を語る若者よりはずっと良いとは思いますが)にありがちなのが誤ったポジティブ思考です。(「自分はダメだ」と思うよりは「やればできるはずだ」と考える方がはるかによいのですが、「やればできるはずだ」という思いがマイナスに働いてしまうこともあるのです。彼らはスティーブジョブズ伝やビジネス誌に登場する若手ベンチャー社長のようないわゆる成功者の物語に心動かされて「自分も」と思いやすいのですが、同じレベルの能力を持った人が同じようなことをして失敗した例のほうが圧倒的に多いということに歯目をつぶってしまいがちです。
 ポジティブ思考が誤った方向に向かうと、「やればできるはず」の自分に安心感を持ってしまうのです。そうすると、「その願望をすでに果たしてしまっている」イメージが頭の中にできてしまって、目標達成のための具体的な行動をしなくなってしまうのです。これは心理学実験の結果、しばしば指摘されていることですが、ポジティブな未来を想像しただけの被験者は、片思いの相手をデートに誘うことや、新たな仕事に応募することなどでも、実際の行動に移さない傾向が高いようなのです。「やればできるはず」だから「今」でなくてもよい、と思ってしまうわけです。
 
実際に「やればできるはず」という安心感は血圧を下げてしまう傾向もあり、目標に向かって取り組むにはマイナスな傾向です。頑張る必要性を感じて多少のプレッシャーのもとに血圧が上昇するというのがやる気がわいてくる状態なのです。
 では、どうするのか?初めに自分がどういう仕事をしたいのかを明確化すること。次にそれが達成されたときに得られるベストな事柄を具体化してイメージすること。「漠然と大きなことをやりたい」とか「世界に貢献したい」というのではダメです。何の実効力もありません。その上で自分の現状(過去の自分)を直視すること。自分の現状を出発点としてゴールに至る道のりにおいて障害となること、障害となる自分の弱点を考えます。それからその障害を乗り越えるための具体的戦略をたてましょう。ギャップが大きすぎるならば願望を明確化するところからやり直します。具体的戦略が立てられないならばそれは現段階では実現不可能だということなのです。なんとなく何とかなったりはしません。何とかなるのはこれまでに築き上げてきたものがありその延長線上に願望があるからなのです。(あるいはよほど運がいいか)そして戦略が立てられれば、即行動する。行動を保留する言い訳は捨てる。
 つまりは夢見がちな意識高い系の人には正しい自己認識、具体的目標、具体的戦略と行動こそが必要なのです。漠然とした「夢」を語るのは実は現実逃避の言い換えにすぎないのだということです。仏陀の言葉を引用しておきましょう。過去を悔いず、未来を夢見ず、今、ここに働きかけなさい。

 行動していくと、自分が何でもないと思っていたことが実は大変なことだったり、価値がないと思っていたことに価値を見出したりすることになります。虚空に描いていた夢の実現よりも地味に毎日の仕事をこなしていくことの充実を実感することになるかもしれません。実際のところ意識高いだけのあなたがグローバルエリートを目指す必然性などないのです。(もちろん目指してもかまいませんが)ちなみに私もグローバルエリートなどには到底なれませんが、目の前の仕事をきちんとこなせることで満足感が得られています。まずは現実を直視し現実とバランスのとれた行動を起こすことから始めましょう。「本当の自分」なる幻想にとらわれるよりは、日々の努力で自分を作り上げていくことのほうが大切なのだと思います。

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現実と現実の深い谷間に落ち込んだら、(会社)社会のせいにしてしまえ!

今執筆中の「仕事のエッセンス」からの抜粋です。まだリライトする部分は多いのですが、ある少数の人のためにブログにあげてみることにしました。
もし一羽の傷ついた小鳥を救うことができたならば私は無駄に生きたことにはならないだろう(エミリ・ディッケンソン)なんてね。

 現実的に目の前の仕事をこなしていこうという姿勢でありながら、ふとしたことで深い谷間に落ちてしまう可能性は誰にもあります。自分とは関係のないさまざまな現実が重なって偶然運悪くその谷間に落ちてしまうというようなことは起こるものです。

 就活でうまくいかないこともあるでしょうし、大企業に就職しても倒産することもありますし、ある部署を閉鎖することはもっと頻繁に起こります。第2章で書いたような不当な解雇が行なわれたり、上司との人間関係がうまくいかなかったり、劣悪な労働条件であったり、怪我をしたり、そうした理由で会社に行きづらくなってしまうこともあるでしょう。そして、一度足を踏み外すとなかなかもとにもどりにくいのが今の日本の現状で失敗に不寛容な社会であると言えるでしょう。
 
 工藤啓氏(特定非営利活動法人育て上げネット理事長)と社会学者の西田亮介氏は共著で「無業社会」という本を出しておられますが、「無業社会」とは「誰もが無業になりうる可能性を持つにもかかわらず無業状態から抜け出しにくい社会」と定義しています。工藤氏は「大卒だって無職になる」という本で大卒で就職、あるいは就職後に仕事につまづいた若者の姿をありのままに描いていますが、「大卒なのに無職になってしまうことが、僕らの社会ではフツウにあること、そしてフツウにあることだからこそ、そこからやり直せることもまたフツウである社会になってほしい、と僕は願っています。」とコメントしています。

 自由に選択しろと言いながら選択しない自由は与えられず、かつ状況によって選択肢は限定されてしまっている。経験がないから仕方なく周囲に合わせた選択をする。そして何かでつまづいてしまうと自由な選択の結果なのだから自己責任だと言われてしまい、落伍者の烙印を押され再選択の範囲を極度に狭められてしまう。こういう社会構造にからめ捕られて、どうしようもなくなってしまったら、それは社会のせいにしてしまったほうがよいと私は思います。

「社会のせいにするな」というのはまっとうな主張なのですが、自己責任論は強者の論理とも言えるでしょう。落ち込んでしまった深みから抜け出すためには「社会のせい」にしてしまって自己否定回路から脱出することを目指すほうが現実的だと私は思います。そしてその脱出には同様の環境にいる人たちが集まる場を見出すことが有効です。

 そういう人は社会を変える原動力になりうる可能性も秘めています。社会を変える、などというとそれこそ真逆なほど自分とはかけ離れたことだと感じることでしょう。しかし実際にはそうとも言い切れないのです。

「育て上げネット]編著の「働く」ってなんですか?という本には無業状態から「育て上げネット」を通じて職業体験をしながら仕事を得るにいたった若者(現在では15歳から39歳を指す)のインタビューが書かれています。「働く」とは何かと問われた彼らの解答は「人と関わりが持てる」「働くとは繋がること」「生活の一部」「誰かのために仕事をする」「漠然とした夢を実現させる」「社会への第一歩」といったものでした。無業状態から働くにいたった彼らの言葉や経験は無業状態に陥っている多くの人(200万人以上、若者の16人に一人)へのメッセージとなりえます。おそらく同様のことを私が言うよりもはるかに説得力を持ちえるのではないかと思います。つまり微力ではあっても無業社会を変えるきっかけとなりうるのです。

 無業になったりあるいはひきこもってしまったりすると孤立してしまいがちです。しかしYou are not alone! 同様の環境、状況下にいる人はたくさんいるわけですからそこで結びつくことは可能です。

2013年には「ひきこもり大学」という試みも始まっています。これはひきこもっている本人が先生になって、ひきこもっていた経験や知識・知恵を親や家族、関心のある一般の人たちに伝えることによって、周囲の誤解を解き、家族関係を改善していくことを目的としたものです。「ひきこもり大学」のサイトには「当事者が先生になることで、ネガティブと思われていた「空白の履歴」の経験や知識、知恵を価値に変えることにあります。生徒は授業の後、もし価値があると思えたら、その分の金額を授業料として寄付金箱に募金をして頂きます。先生を務める当事者の交通費などの報酬に宛ててもらおうというのが趣旨ですので、募金して頂くとしても1コインで十分です。」とあります。
 このようにひきこもることや無業となってしまったという経験自体にも価値が生じうるのだということは本書「仕事のエッセンス」というテーマにとって注目に値することだと私は思います。
 
プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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