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頑張りすぎてはいけない

 受験生を相手にしていて「頑張れ」という言葉を自分自身よく口にする。自分にできる限りの努力をしろ、という励ましのつもりなのだが、「必死で頑張りさえすればなんとかなる」と言っているわけではない。私の対象は16歳を過ぎているわけだから、知性も働かせてほしい、と常々思っているのだが、どうも,がむしゃらに頑張ればいいのだ、と思い込んでいる生徒が多いように感じる。あるいは、がむしゃらに頑張れないから自分はダメなのだ、という自己否定感をもってしまっている生徒も見かける。
 しかし、そもそも人間は「ズルをする(楽を求める)」ことから知性を発達させてきたのだ。100キロの石を持ち上げるのに、筋力を鍛えて必死に自力で持ち上げる努力をするか、なんとか「楽をして」持ち上げようと考えて、てこや滑車の利用を思いつくか、といえば、後者の方が人間の知性といえるだろうし、そうして技術は進歩してきたのだ。「てこを利用するのはズルだ。自分はあくまでも筋力を鍛えて自分の力だけで持ち上げるのだ」というのは、知性を放棄した発言だ。また、「てこがなかった頃、自分たちは自分の筋力で持ち上げていたのだから、お前も、てこを使わずにがんばれ」というのは時代錯誤の根性オタクである。
 この時代錯誤の根性オタクが幅を利かせているのがブラック企業だともいえるだろう。それは「クラッシャー上司」につながる資質だ。http://amzn.to/2rEJgkt 
 その場から身を引く、十分に距離を取って、「楽をする方法」(今、利用できるのに気づいていいないこと、これから考えつくことを含めて)を考える、それは壁にぶつかったときの有効な戦力である。受験勉強であれ、仕事であれ、過剰に頑張ろうとすると、視野が狭くなり自己をそこねるばかりだ。「頑張る」➡「休んで少し距離を取る」➡「楽をする方法(今のやり方以外のやり方)を検討してみる」➡「新たな方法で頑張る(もしかして依然と同じ方法かもしれないが、一度検討した後では見え方が違ってくるだろう)」 というような感じで行くのがいいと思う。
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「宗教的」ということ。~包摂と排除について~


1ブランドと宗教の境界、さらには西きょうじのネットサロンは宗教的か、という疑問(批判)に対して


 これはサロン内での質問だったのだけど、割と一般化可能かな、と思うのでブログにもアップしてみる。


 たとえばヨージヤマモトの服が気に入っている。(落合陽一君の例)⇒それが最高だと思っている、あるいはそれしか着ない(この段階では宗教ではない、落合君はここまで) ⇒ヨージのものはすべて最高だ(個別の検討をもはやしない)⇒それしかない、他の人もそれを着るべきだ(ブランド信仰、宗教的)
 この最終2段階あたりがブランド好きとブランド信仰(宗教)の境界かと思う。
 そういう点で、資本主義やグローバリズムもある人たちにとっては宗教といえるし、マイケルサンデルの「それをお金で買いますか?」で批判されているような、市場価値への一元化(お金に換算することによってのみ価値を決定する)も宗教になりうる。反原発を唱える人の中にも、「反原発」という宗教性を帯びている人も少なくないと思う。
 同様に、西きょうじの考え方がすき/きらい、もっと知りたい⇒サロンに参加⇒西の考え方以外認めない⇒みなもその考え方を支持するべきだ、と展開するならばサロンメンバーは宗教的だと言えるだろう。が、幸か不幸か、ここのメンバーの多くは西きょうじの考え方を相対化しうる知性(さらには真っ向批判する力)をもっているので、メンバ―全員が宗教的なカルト集団である、ということにはならない。
 オウムが教祖の考えしか認めない⇒他者をポア(殺害)してもよい、という展開をたどったのとは大きく異なるだろう。
 私が「宗教的」と言う場合、共同幻想を信じることだけではなく、それ以外のものを認めない姿勢を含んでいる。


2論理という宗教
 狭義の論理は、ゼロイチにつまりデジタル的に還元する線形思考スタイルのことだといえる。思考、および伝達に関してはそれは最高に効率的な方法だが、ゼロイチに還元しきれないものの存在をそのままの形で認めることをしない思考スタイルだ。
 線形だけでなく非線型の存在、ユークリッド幾何学だけではなく非ユークリッド幾何学の存在、これを包括してこそ人間的な思考なのだと私は考えている。ノイズの存在が重要だというのはそういうことだ。ゲーデルの不完全性定理も、一つの系内における論理そのものの根源的不完全性を示唆していると思う。
 論理教とは、ゼロイチのあいだにあるものを切り捨て、線形に収まらない要素を矛盾として排除する思考スタイルのことを指している。そして矛盾を含む言説を矛盾だから間違っていると切り捨てようとする。そして人に矛盾を含まない言説を求める。こうなると先の構図上、宗教的なわけだ。
 しかし、様々なレイヤーにおける言説を一つのレイヤーで判断しようとすると矛盾が生じるのは当然のことであり、それを矛盾だから受け入れを拒否する、というのはレイヤーの複数性と重層性を認めていない思考スタイルであり、その狭義の論理への執着は宗教的だと言えるだろう。人には複数のレイヤーがある、というか、人は同時に複数のレイヤーの中で生きている。日常的レベルで考えても、ある人に「~したほうがいいよ」といい、別の人に「~するべきじゃないよ」というのは、言説だけを取り上げれば矛盾しているだろう、あるいは同じ人に対してであっても、あるタイミングと他のタイミングで矛盾することをいうこともあるだろうが、それは普通に対人関係を維持し社会生活を行っていくためには否定すべきことではないだろう。それはもう少し広範な言説においても当てはまるものだ。広範に見た場合の現代社会の矛盾(グローバル/ナショナル)(リバタリアン/コミュニタリアン)の乗り越えについては東さんの「ゲンロン0」で、観光客的に行動するという行為の反復による乗り越え、あるいは(カラマーゾフの兄弟」の関わりつつ関わらない、主体でありつつ主体たりえないアリョーシャ的乗り越え方が示唆されているので一読してみることを薦める。


 


3 包摂と排除(共生)について
例えば癌細胞も、正常な細胞に変化しることがあるという衝撃的な発表については「そもそも」でも紹介した。だから、癌細胞でさえ単純に排除すべきものだとは言い切れない。しかし、どの程度受け入れ、どの程度排除するか、は生命の維持にとって重要なことだ。これは自己と他者に関しても同様だ。反射的に排除したくなるものを、即座に排除しない。いったん包摂したうえで状況に応じて排除していく、さらには排除したものを状況に応じて受け入れていく、というような寛容性が求められる。すべてのものと共感、共生しろというわけではなく、反射的排除を抑制して、すべてのものとの共感、共生の可能性を想定してみることを提案しているわけだ。様々なレイヤーがあって、そこに様々な強度(マルチチュード)が加わり、重層的に排除と包摂を繰り返す、というのが生命の営みだ。包摂と排除、共生することと捕食することは対立項ではない。それを対立項としてとらえてしまうのは単純な線形思考だと言えるだろう。
森田真生の「数学する身体」では、主体と客体の同一化(対象に同一化すること)や、プログラミングにおけるバグ(ノイズ)の必要性が書かれていて面白い。

英文法の核 質問への返答1 固有名詞と定冠詞

固有名詞には定冠詞をつけない、という記述に対して、固有名詞にtheがつくことがあるではないか、という質問に対する返答です。
学校の副教材にはtheがつく固有名詞という記述で、①固有名詞+普通名詞 川、運が、海、海峡、大きな湾、半島砂漠、ただし山、湖、島、小さな湾にはつかない ② 複数形の固有名詞 ③公共の乗り物の名前(ただし非常に有名なもののみ)④公共の建物の名前⑤新聞の名前 雑誌にはつくものとつかないものがある、と書いてあります

そりゃあ、確かにそうなのだけど、これをすべて暗記するというのも大変なことだ。まあ、とりあえず、ざっくりと理解してから違和感があるものだけは仕方がないと思って覚えるようにするほうがリーズナブルでしょう。

固有名詞に定冠詞というようにではなく、the をつけることによって固有名詞化していると考えてみましょう。
asahi ➡︎朝日、たいようのこと?➡︎いや、今話題にしてるのは、あの朝日のことだよ、わかるでしょ➡︎the Asahi 朝日新聞
Browns➡︎ブラウンさんたち?➡︎あのブラウンさんたちのことね➡︎the Browns 君も知っているブラウンさんたち、つまりあの家族のことね
United States➡︎州を統合したもの?それどこ?➡︎決まってんじゃん、アメリカに➡︎the United States
タイタニック➡︎なんのこと?タイタニックって言えば、あれだよ、タイタニック号に決まってるじゃん、という具合です。
だから有名ではない船にはつかないのだろう、と思えますね。
例えば川だったら、ミシシッピの川➡︎それどの川、ミシシッピ州には川いっぱいあるのじゃないの?➡︎いや、ミシシッピの川といえば君もわかるでしょ、合衆国で一番長い川なんだから⇒The Misssissippi River)
こういう感じでthe をつけるわけだから、湾であるならば大きな湾じゃないと固有名詞化しないはずだ、と理解できますね。
ホテルの名前などもそうですね。地名や人名や花の名前などをホテル名にしている場合、例えば「今、この状況でアトランタといえばアトランタホテルを指してるってわかるでしょ」➡︎the をつけて固有名詞化

理屈ゼロのまま、その本のルールを、暗記しろといわれたらかなりつらいよね。私だって大きな湾は定冠詞がつくが小さな湾はつかない、とか言われたら大きい小さいをどこで分けるんだ、と思って頭が混乱してしまいます。この辺りの説明も書いておけばよかったですね。
プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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