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いつも心に太陽を

先日行った児童養護施設について話します。その施設は親が養育できなくなったあるいは親に虐待を受けていた子どもたちの施設で、下は2歳から上は高校3年生までが50人弱一緒に生活しています。このように大人数で生活するのを大舎制と言います。

最近の政策では、ユニットケア(原則的に6人を定員とする)やグループホーム(同じく原則6人、既存の住宅を使う)のほうが家庭に近い環境でケアも行きとどくということで、少人数でのケアが重視される傾向があり、前者は2004年から始まり、現在は400か所以上、後者は2000年からで現在200か所くらいあります。

大きな施設では、施設内の体罰・虐待などが問題視されることもありますが、ここではまったくありません。子どもたちはかなり自由に行動しています。以前はたばこを吸う高校生もいたようですが、自由度が増すにつれ、そういう生徒が減り、今はいないようです。2歳のこどもはおもらしをしてしまうと、自分で所定の場所に行きおむつを脱ぎ、新しいのに履き替えるそうです。ケア過剰の子供では考えられないことです。

私が会った高校生たちも学校から帰って着替えると、自分の部屋(数人で一部屋)にこもらず、みなが集まる自習室で小学生たちとともに少し時間を過ごしてからバイトに出かけて行きました。高校を卒業すると施設を出ていかなければいけないので、高校生のうちにそのお金を準備しなければならないのです。バイトは8時ごろに終わってそれから1時間以上歩いて帰ってきてから夕食となるので学校の勉強はなかなかできないようです。女子高生たちはガソリンスタンドのバイトに出かけていきました。こちらは徒歩20分くらいのところですが、慣れるまではきつい仕事だったと言ってました。私が教えている大学受験のための予備校に来ている生徒たちにはなかなかこのような環境が想像できないようですが、自分の置かれた環境に不平不満を言う前に、自分とは異なる様々な環境があること、自分がおかれている環境は自分が勝ち取ったものではなく、偶然恵まれただけなのだということを実感してほしいと思います。

板張りの大きな遊戯室では幼児たちが遊んでいます。それぞれに事情を抱えている子どもたちですが、私が遊戯室に入ると「遊ぼう」とボールを投げてきたり、「抱っこ」と抱きついてきたり、手をつないでトイレにつれていこうとしたりとても積極的にスキンシップを求めてきます。「高い高い」をしてあげたりすると満面の笑顔になります。「もう一回」「ぼくも」と大騒ぎです。大人と接する機会を欲しているようです。

自習室にもどって小学生の宿題のお手伝いです。小学校2年生の女の子が、「ハトが8わいました。5わやってきて、それから7わ飛んで行きました。今、なんばいるでしょう」という問題で悩んでいました。「5羽やって来たのは、足す、引く?」と聞くとまだ考えているので、「じゃあ、友達が二人やってきたら足す、引く」と聞くと、しばらく考えて「足す!」と答えました。そして「わかった、じゃあ5足す」と言って8+5=と式を書きました。「あれ、そのあと飛んで行ったって書いてなかったっけ」というと、ちょっと恥ずかしそうに「そうだった」と言い、ふたたび足すか引くか考えています。ちらっとこちらを見たりするのですが、知らん顔をしているとやがて「引く!」と言いました。「そうだねえ、引くだねえ」と言うととてもうれしそうに8+5-7=と式を書きました。なんとか計算を終え、答えのらんに「6ば」と書きました。これはどう教えたものか、結構難問です。「8わ、5わ、7わ」とあっても「何ば」と問われると「6ば」って書いてしまうのもわかる気がします。「算数はできたんだけどなあ、じゃあ数え方を練習しよう」「1わの次は?」「2わ、3ば、4わ、5わ、6わ、」「あ、6わだ」書き直してとてもにこにこしています。

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この子は母子家庭で母親の虐待でこの施設に入った子供です。母親に包丁を持って追いかけられた記憶が鮮明に残っていて自分でもその光景を語ることがあると聞きました。福祉の人に連れられて母親が訪ねてきても「絶対会いたくない」と泣き出してしまうらしいです。子供のときの記憶は鮮明に残るようで、昔の生徒で今も連絡を取り合っている人が言うには、「自分の父親は、大切に飼っていたアヒルを、父親(祖父ですね)に殺され酒の肴にされたときのショックのことをいまだに口にする」そうです。地震・津波の被害にあった子供たちがその映像を忘れることはないのでしょう。

宿題が終わったら「待ってて」と走って行き(ここでは子供はみんな走って移動しています)「教えてくれたお礼」といってチョコレートをくれました。大切にとっていたチョコレートだそうです。

幼児はお風呂の時間で保母さんたちは「~ちゃん、お風呂」「~ちゃーん、どこにいるの?」「~ちゃん、まだ髪乾いてない」とドライヤーを持って走り回っています。本当に大変です。毎日この大変な仕事をこなす保母さんたちには尊敬の念を覚えます。

この騒々しさの中では勉強も大変だろうと思って、中学生に聞くと「平気だよ。夕食のときはもっとすごいよ」と答えます。

集団生活のよしあしはあると思いますが、私はこの施設でいろいろな年齢の子供たちが集団で生活していくことの長所を感じました。もちろんプライバシーの問題などもあります。各部屋には「ノックしてから入ってください」「10号室以外の人は立ち入り禁止」などとと書かれていました(数人で一部屋です)。そういう点は問題となりうるのかもしれませんが、それ以上に「みなで生きていく」「いろいろな者が同居している」ことから子供たちが何を学んでいるのかを実感しました。もちろん些細な喧嘩や言いあいはありますが、それも共同生活ならではの解決がなされていきます。

夕食時に私が帰ることにすると、「バイバイ、また来てね」と多くの子供たちが言ってくれました。走ってきて握手してくれる子もいました。また 来ないわけにはいかないですよね。

私が子供のころは、小学校2年生のときに5年生、6年生のお兄さんたちに混ぜて遊んでもらっていました。お兄さんたちには足手まといだっただろうによく世話をしてもらった覚えがあります。今でもお兄さんたちの名前を覚えています。逆に自分が世話をしていた相手のことはあまり記憶に残っていません。不思議なものです。

古き日本の共同体はどうであったか、子供は村全体で育てるものという合意がいきわたっていた時代はどうであったかと思いました。もちろん回顧主義に陥ったり、昔は良かった、などといったりするつもりはありません。その時代なりの劣悪な環境もあったでしょう。昔に戻ろうとしても何の意味もありません。また、そういう合意に基づく北欧の社会モデルを、ただ模倣すればよい、というものではありません。が、今後の社会モデルを考える参考にはなると思います。今、避難所でも子供たちが皆の役に立とうとして自分にできる活動をしていると聞きます。

人工的にカテゴライズされたボーダーを越えることが成長には必要なのかもしれません。

いろいろな人がいて共同体が形成されている、いろいろな人とともに生きる中で人は成長していく。当たり前のことですね

とても空が青い一日でした。
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プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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