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次回講演会のためのメモ~ツイート集~

次回講演会のために思いついたことをツイートしていたのですが、自分自身の構想のメモとしてブログにそのまま貼りつけておきます。ツイートも自分の思考もどんどん流れていくので私自身が利用するためのものとしてそのまま貼りつけるので意味不明な言説もあると思いますが…

とりあえず、講演会の予定としては 
1 仕事とは? 仕事と労働の暫定的区分に基づき労働が仕事になる時、仕事が労働になってしまうときについて実例とともに話します。

2 見たくない現実を見る 失業と解雇の現状 高齢化社会、格差社会、イノベーションが失業を生む、コンピュータが人間の仕事を奪っていくと人間にはどのような仕事が残されていくのか

3、現在搾取されている若者たち~ 働きがいや自己実現という名前で自ら部品となっている若者
  人間関係に縛られる職場環境⇒ 仕事を離れるコミュニティ 自分を包括するコミュニティー
  複数のアイデンティティへの可能性

4、可能性について~仕事をポジティブなものにすること。仕事とは社会との向きあい方であり、ソーシャルキャピタルを創造しうるものだということ。幸福とは?新しい社会作りの方向性。

という感じを現段階では想定しています。しかし、変わるかもしれません。では断片的にツイートをそのまま貼りつけておきます。なお講演会の案内は一番後ろにあります。

私は仕事の外にコミュニティを築けるか、自分を包摂するコミュニティを見つけ帰属するか、が個人としてはキーになると考えています。癒しとはそのつながりへの安心感を得られることかと。社会としては緩やかに個人を包摂できる小集団を包摂する方向が望ましいだろうと

今、そこでそのような仕事への、社会への関わり方をしていることが、弱者切り捨てを促進し、音をたてつつある社会の軋みを助長しており、軋みが大きくなるにつれ自らにもそのツケはまわってくるのではないか。もう少し具体的に説明するつもりではいますが...


とりあえず、マズローの5段階のどこで仕事と向き合う状況かによって変わって来ます。 生存のために卵子を売る人たち、これは仕事とはいえないでしょうが、そのレベルから大卒で大企業しかいやだから就職できないという人まで様々なので一般化できませんが、それも含めて話します

「自己実現」という言葉に踊らされて自らすすんで部品となるものは、自分の身体、精神、社会的スタンスをやがて失うばかりでなく、その会社の社会資本としての価値をも損なうことになる。別の話だが、終身雇用なき時代に出世のために周囲の人間関係に不本意に取り込まれることで失うものは大きい。

それしかない、と思い込んでいることは、実はそうではないのかもしれない。イヤならやめろ、と威勢良く煽るノマド系の人たちもいるが、彼らは責任をとってはくれない。しかし、それ以外の可能性を常に具体的に留保しておこうとすることは、その場に向き合うにも有効だ。

結局、仕事を生きがい、使命感、楽しみとできる一部の人には全力で働いてもらい、かなりの人は仕事との距離感を大切にして仕事以外のことに価値を見出す、さらに一部の人が仕事との精神的距離感を作れるような社会を作る。すべてのあり方が社会的資本となることが大切だと思う。

これは逆行と言えるだろう。子育て休暇を取れる社会じゃないと、日本の可能性は閉ざされていくというのに。現状認識の愚かしさがこういう馬鹿げた時代錯誤を産み落とす。大きな視点を持ち得ない会社に未来はないよ。

昨日、今日とほぼ同じ柄、同じ形のワイシャツを着てみた。着後で汚いなあ。他人はまず気付かないが、2倍以上の値段の差は触れば歴然、着れば圧倒的に違う。更にハンドで作ってもらったシャツは着ると快感、作り手と繋がれる。消してしまいたくない文化。
つまり、こういう仕事がなくなる社会は危険だろうと言いたかったのです。一部の人にしか受け入れられないにせよ、市場が質の高いものを追放することで、失われるものの代価は大きいだろう。文楽も確かに市場への 努力は必要かもしれないが、市場原理で消えていっていいものではないだろう。

その風潮をどう変えるか?変えないとまずいところに来ていると思います。子育ては共同体で支援する、老人ホームと託児、保育園を合体する、企業は社会資本を制度に組み込む、などと。このテーマは講演会で話すかもしれませんし、抜いてしまうかもしれませんが

会社を選ぶ基準にすべきことだ。社会資本をどうみているか?@YummyOide: 同意です。子育て休暇その他と共存できる環境を作っていくことが長期的には企業の未来、国の未来に繋がるのに…。もちろん風土を変えることは簡単ではないと思いますが。とっくに変わっていなければいけない時

積極的に行きたいと思っていないのに行かなければいけないと感じてしまう忘年会がある人は、その集団が自分を不幸にする源となっていることにそろそろ気づくべきだろう。それが会社であるならば、仕事との距離感を作り直そうとした方がいいと思う。仕方が無い、と自己正当化する群れは群れごと崩れる。

自己を掘り進んでいくと普遍に繫がる。普遍とは言わぬまでも他者と共有可能な広い領域に達する。そこに自分らしい仕事が生まれるのではないか?

さらに。社会の中で働いているのに自分の仕事があるいは自分が働くことが社会にストレスを与えるとすれば自己破壊的行為だ。社会のストレスには社会資本の損失も含める。満員電車に乗るストレスは自分も原因であるし、忙しさのせいで他者へのいたわりや笑顔を失うことも社会にストレスを与えている。

影響を与えようとする自己意識は社会にとってストレスです。感謝されたがる人はストレスですよね。相手に自然に感謝される、笑顔になってもらう仕事をしましょう、と言っているのです。私は軽井沢で乗るタクシーの運転手さんは決めています。こちらが笑顔になれるからです。

好きなことを楽しそうに無心にやっている人が近くにいる、というだけでも、社会資本になり得ると思う。愚痴ばかり言っている人は、負の社会資本となるばかりではなく、その気質ゆえに転職するという選択肢を選ぶ思い切りもなくダラダラと自分にも負荷をかけ続けて行く。

言語の究極の目的は隣人の笑顔、と、言い続けてきたが、仕事の究極の目的も隣人の笑顔なのかもしれない。生活手段であることは否めないにせよ。


http://t.co/DNGsqS2b
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プロフィール

西きょうじ

Author:西きょうじ
予備校講師歴も30年以上になりました。いろいろなことがありましたが、様々な方向へと越境しつつ自分を更新していきたいと思っています。

参考書「英文読解入門基本はここだ」「ポレポレ英文読解プロセス50」「情報構造で読む英語長文」「リーディング&ボキャブラリー」「英文速読のナビゲーター」「英文の核」「英文法の核問題演習編」
一般書「踊らされるな、自ら踊れ」「越境へ」(共著)「仕事のエッセンス」「そもそも」「星の王子様さまを英語で読もう」

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